塔の攻略から一巡りほど。
私はヴェリナードへの報告書作成のため、再び空中都市を訪れていた。
まずはこれまでの経緯をかいつまんでここに記すことにする。
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あの問いかけの試練の後、解放者殿は守護者との戦闘を終え、無事、次の領界への鍵を手に入れた。
その際、発生した事件については、ここで軽々しく扱うわけにはいかない。
機密事項として厳重管理の上、メルー公への密書にしたためさせてもらおう。
その後、私も守護者との戦いに挑み、辛うじてこれを突破した。
決して楽な戦いではなかったが、あの氷の領界での試練に比べれば可愛いものである。
どうやら、ワギ神はピナヘト神に比べれば慈悲深い神だったらしい……などと、冗談を言い合いながら塔を出た時のことである。
やけに深刻な表情の解放者殿が足早に円盤遺跡に向かうのを、私は目撃した。
いや、深刻というより、妙に気が立っている。鼻息は荒く、早足で、拳は固く握られている。
聞き耳を立ててみると、何やら「次は許さん」「不意打ちを仕掛けておいて偉そうに」と、口々に誰かを罵っている様子である。
どうやら彼らは試練を終えた後、円盤遺跡で何者かの襲撃を受け、一敗地にまみれたらしいのだ。
「魔法力を使い切った直後だった」
「回復もしてなかった」
「私なんてパーティを解散した後だった」
……というわけで、彼らにとっては不本意な敗戦だったらしい。
どこの誰だか知らないが、彼らを怒らせるとは愚かなことだ。私は瞑目し、合掌した。
必勝の布陣と共に舞い戻った解放者達が完膚なきまでに敵を叩き潰し、雪辱を果たしたのは、言うまでもないことである。
余談ながら、"竜族"と"地の神"の間に立つ者が"土竜"というのは、頷ける話である。
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さて、雪辱戦と言えば、もう一つ、記録おくべき出来事がある。
ある時、楽園を調査していた私は、上空より舞い降りる、荒々しい羽音を聞いた。
人工の月が影を色濃く映し出す。頭上を仰げば、逆光の中に禍々しい翼がはばたいていた。
「月を修復したか。小賢しい。だが無駄なこと。何度でも破壊してくれよう」
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低く荒々しい声が響く。以前、月を襲撃した"悪魔"達である。
なるほど。いくら修復が可能であろうと、相手も再度の破壊が可能である。これではイタチごっこだ。
だが……
「本当にやるのか?」
私は白けた表情で蝙蝠の翼を見上げていた。
「当然だ。それがあのお方の意思! 貴様ごときにワシを止められるかな?」
「まあ、私はともかくとして、だ」
いきり立つ悪魔を諌めつつ、私は自分の背後を親指で指した。
「あれとやり合うつもりなのか、お前」
「ム……?」
肩透かしを食らった表情で、悪魔が視線を伸ばしていく。その先には、黒山の人だかり。
さしもの強面がひきつった。
彼らは皆、竜討士を名乗る凄腕の冒険者である。
解放者による試練突破から数日後、制御端末により発動された"特別プログラム"により、各地から名うての冒険者がこの楽園に召集されたのである。
それぞれが、あの解放者殿に匹敵するほどの実力を持つ強者揃いだ。今やこの楽園こそが世界で最も戦力の集中した場所だと断言して良いだろう。
「少なくとも、今ここに攻撃を仕掛けるのは勇気を通り越して無謀だと思うぞ」
という私の言葉は、空に吸い込まれる形となった。振りかえると、悪魔は音も無く退散した後だった。
そんなわけで、当分の間は、再度の襲撃は無いと考えてよいだろう。カーラモーラの人々にとっては、何よりの朗報である。
まさか管理端末がここまで考えて特別プログラムを発動したとは思わないが……
「もしそうだとしたら、あの少年は喜ぶだろうな」
ジスカルドが、ぴくりと肩を震わせた。
さて、最後に報告すべきは、今、私の頭上に広がっている景色についてである。
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不可思議な光景と呼ぶべきだろう。円盤遺跡から放たれた道路光線が、ヘックス模様の空と、そこに映し出された峰々を穿つ。
だが、中腹より穿たれた山は、それに干渉する気配もない。
静かなものである。まるで、そこに山など最初から存在しないかのように。
この空中都市を造るだけの技術があれば、空中に映像を投射することなど訳もない、とはジスカルドの意見である。
だとすれば楽園の外に広がる景色自体、見せかけだけの造りものなのだろうか。
我々は調査を繰り返したが、残念ながら結論は出なかった。
このナドラガンドが本来の姿に戻るとき、その答えも明かされるのだろうか。
道路光線は空を穿ち、次の領界へと冒険者を導く。
水の領界。我々ウェディの神であるマリーヌが治める地だ。果たして何が待っているのやら。
その時を楽しみにしつつ、今の所は報告書をまとめ、ウェナに戻るとしよう。