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よく晴れたオルフェアの昼下がり。料理ギルドから風に乗って美味そうな匂いが届く。甘さの中に独特の風味が混ざったこの香りは、オルフェア名物アクロバットケーキに違いない。
だが、その香りと一緒に耳に届く音は、フォークやナイフが皿を叩く音ではなく、料理店には似つかわしくない、パラパラと紙をめくる異音だった。
席に目をやる。ケーキを隅に追いやってテーブルを占拠するのは、多種多様な絵柄のカードたちである。
テーブル客は料理をそっちのけにカードをめくり、その結果に一喜一憂する。山札から一枚……塔のカードだ。意味は災厄。頭を抱える。料理人達は、さぞいい気味だと思っていることだろう。
オルフェアは今、空前の占いブームである。裏通りにひっそりと居を構える占いの館が、その発生源だ。
長いこと準備中だったこの占い屋は開店と共に多くの信奉者を集め、瞬く間にオルフェアを席巻した。余程よく当たるのだろう。また、冒険者にその技を売り込んでいることも、知名度を上げる一因となっている。
私は占いを信じる方ではないが、私の相棒、エルフのリルリラは興味津々である。また、占い師の技を学ぶことは魔法戦士としても多少は足しになる。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。洒落で一度ぐらい占ってもらうのもいいだろう。
そういうわけで、我々はプクリポの町、オルフェアまではるばるやってきたというわけである。
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バザー会場から脇道を辿ると、華やかなオルフェアから一転して暗い裏通りに至る。ロールケーキの柱やウェハースの壁はここにはない。だが、賑わう表通りの住人と同じだけの人数がこの裏町に居を構えているそうだ。
ケーキの香りが失せ、埃っぽい匂いが鼻をくすぐり始めた頃、我々は件の占い屋に辿り着いた。
薄汚れた路地裏の一角、古びた倉庫を即席のカーテンや電飾で飾り付けた、いかにも急造の「館」である。
扉をくぐると、先客が一人、浮かぬ顔で順番待ちをしていた。陰鬱な空気を纏った女性だ。呼吸に時折溜息が混じる。壁には広告の張り紙。お悩み相談受け付けます。占いの館。
どうやらここは人生相談所の側面も持っているらしい。薄暗いランプに照らされた店内の空気は重い。
遊ぶ半分でやってきた我々は少々居心地の悪さを感じつつも、女性の後に並んだ。やがて彼女は名前を呼ばれ、重い足取りで紫色のベールに覆われた奥の部屋へと入っていった。
時計の針が時を刻む。奇妙な緊張。
そして再びベールが開いた時、私は自分の目を疑うことになった。
瞳をキラキラを輝かせ、胸を張り、溌剌とした空気を発する女性がそこから現れたのだ。
思わず別人かと疑ったが、どう見ても先ほどの憂鬱な先客である。
「まるでさっきまでの私じゃないみたい!」
と、興奮気味に語る彼女に、同意しそうになる。
「ありがとう、ユノさん!」
占い師に感謝の言葉を投げ、足取りも軽やかに去っていく女性客を我々は呆然と見送った。
その背中に、事務的な声が届く。
「次の方、どうぞ」
扉から風が吹き込み、誘うようにひらひらと、紫のベールが揺れた。
私とリルリラは、思わず顔を見合わせるのだった。