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占い師ユノは、エキゾチックな雰囲気に身を包んだ神秘的な女性だった。
特徴的な頭巾とマスクで顔を覆い、知性を感じさせる静かな瞳で来客を迎える。見るからに占い師といった趣である。
部屋の中も同じように、いかにも占いの館らしい神秘的な文様や水晶玉で飾り立てられていたのだが、よくよく見れば壁や天井は元の倉庫のまま、板がむき出しの粗末なつくりだ。急ごしらえで見た目だけ取り繕ってこさえたのだろう。こんなところに神秘の使者を演じる占い師たちの、人間らしい素顔が覗けたりするものだ。
用向きを尋ねられた私は、ちょっとお試しで、とも言えず、とりあえず魔法戦士としての私の今後を占ってもらうことにした。
最近は他勢力に押され気味の魔法戦士、今後いかに進むべきか。
因みに隣のリルリラは、恋愛運を占ってもらうようだ。
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占い師はいくつかの前置きと、抜け目なく代金の説明を行った後、水晶玉に手をかざした。
水晶に淡い光が宿り、薄暗い室内を照らした。真下から光を浴びた占い師の顔はますます影濃く浮かび上がり、霊妙な空気を帯び始めた。
果たして水晶に映ったのはどんな光景なのか。思わず身を乗り出して覗き込んだ私の顔の前に、ぬっと突きつけられたのは、カードの束である。
この中から一枚を引け、ということらしい。
ユノの言葉によれば、これは私の選択に見えて、実は定められた運命であり変えようのない真実なのだそうだ。
そう言われると意地でも違った選択をしてみたくなるものだが、黒光りするカードはどれも同じようにしか見えない。
助けを求めるようにリルリラの方を見ても、彼女はからかうように急かすばかりだった。
意を決して一つを選ぶ。
現れたのは恋人のカードだった。
首をかしげる。リルリラの恋愛占いと間違えたのではないのか?
怪訝な顔の私に、占い師は解説を始めた。
恋人のカードが持つ意味の一つに、誘惑がある。私がこのカードを引いたのは、他の職業に魅力を感じているからではないか。
確かに、多種多様な技能を持つ他職業の冒険者達を羨ましく思ったことは一度や二度ではない。
だからといって魔法戦士であることをやめようとも思わないが……。
「それでよろしいでしょう。誘惑との戦いも、恋人のカードが持つ寓意の一つ。もし迷いが強くなったなら、またおいで下さい」
何やら煙に巻かれたような気分だが、そういうことらしい。
迷いが強い場合はどんな導きを貰えるのか、と、興味本位で尋ねると、占い師は静かに目を閉じ、それこそが自分の本来の仕事、と語った。
人の心を惑わすのは己の内側にある闇。呪術をもってその心の闇を打ち払い、迷いを晴らすのが占い師の本当の仕事だというのだ。
闇を払われた客は口をそろえてこう言うらしい。まるで昨日までの自分ではないようだ、と。
私は先ほどの女性客の豹変ぶり思い出した。確かに、別人のようだった。
「そうして人々を幸せに導くのが、私達の仕事なのです」
彼女が誇らしげに胸を張るのと同じ速度で、私の目は細く尖っていった。
もし今、迷いがあるなら、闇を払う儀式を行ってもいい、と彼女は言ったが、大いに遠慮させてもらった。
私は今のところ、昨日までの自分に未練がある。私には彼女の言葉こそ、恐るべき誘惑に思えたのである。
水晶は怪しげな輝きを放ち、薄暗い部屋の闇をより一層際立てる。占い師はその水晶にそっと布をかぶせた。闇が消え、闇が残った。
術をもって心を操り、変化させて幸福に導く。まるで神の御業だ。
私が率直に感想を述べると、占い師は一瞬の沈黙ののち、目を伏せた。さすがにこれを褒め言葉と捉えるほど己惚れてはいないようだ。
反骨の詩人オーケンは、心に渦巻く憂鬱を、犬に例えてこう歌った。
犬よ、お前は僕の最愛の友だ!
憂鬱よ! お前がいるから、負けはしない!
彼の歌は麻薬に近い性質を持つ故、摂取量には注意が必要なのだが……今はガブリとやってほしい気分である。
リルリラの占いもつつがなく終わり……結果は秘密だそうだ……我々はユノの部屋を後にした。
館の出口付近では、占い師見習いを募集していた店員にリルリラが捕まり、巻き込まれた私共々、簡単な占い術のレクチャーを受けることになった。
本来の仕事はともかくとして、占い師の術自体は興味深い。いくらかの手ほどきと共に、記念品として占い師用のマスクを受け取った。
このマスク、占いの術以上に興味深い一品だ。思わず占い師用の衣装を揃えたくなる。
衣装を揃えれば、使ってみたくなるのが人情。占い師としての戦い方を少し考えてみてもいいかもしれない。
……これがユノのいう"誘惑"でなければいいのだが。
衣装の組み合わせをあれこれと考えつつ、我々は占いの館を後にするのだった。