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夜空を映すように青ざめていた大地が、地平線から差し込む光に徐々に白く染まっていく。塩湖の夜明けだ。大自然の織りなす、渇いた銀世界だ。
背後を振りかえれば、鮮やかにうかぶのはドワチャッカの守護神、三闘士の像。雄大な自然と、誇らしげにそびえる人工物が青空を背に、見事な調和を遂げたのだ。
私もあちこちを旅してきたが、やはりこの塩湖で迎える夜明けは格別のものである。
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ドワチャッカ大陸東部、エゼソル峡谷に広がる塩湖はエゼソルトと呼ばれる上質な塩の産地として知られている。山がちなドワチャッカに住む人々にとって、塩は貴重な天然資源である。
この塩湖も地政学的に大きな意味を持つ場所であり、かつてはエゼソルトの専売権をめぐって商人たちの間でひと騒動あったとか。泥沼化した争いは最終的にドルワーム王国の介入を招くことになり、騒動が収まった頃、商人たちの取り分は雀の涙となっていたそうだ。
もっとも、大半の冒険者たちにとって、そんなドワチャッカ近代史の一幕など興味の埒外である。乗合馬車も通らず、近くに栄えた集落があるわけでもない。余程の物好きでない限り、わざわざ景色を楽しむためだけにここを訪れたりはしないだろう。
私も決して例外ではなく、別件で用が無ければこんな僻地まで馬を走らせて来ることはなかっただろう。
私は幸運である。
その件はもはや御破算となってしまったが、おかげでゆっくりと景色を楽しめるのだから。
ところで、話は変わるが……
失せ物というのは非常に厄介なものだ。
探している時には決して見つからない。隅々まで探したはずが、どこにもない。
そして探すのを諦めた頃、何度も探したはずの場所からひょっこり現れるのが常である。
ひっそりと仕掛けられた精巧な時限装置。たとえ目の前に置かれていようと、自分の足元に転がっていようと、その時が訪れるまで、決してその存在に気づくことは無いのだ。
……あまり知られていないことだが、実は、これは妖精の仕業である。
小さな妖精たちが密かに暗躍し、人の探している物を見えないどこかに隠してしまうのである。
決して、私の探し方が悪いわけではない。
妖精の仕業なのだから。
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「……ま、そうゆうことにしときまひょか」
「うむ。そういうことにしておいてくれたまえ」
キラキラとオーラを放つ羊型の獣人が、白けた音色で角笛を吹いた。
全身から立ち上る青白い輝き。エメラルド色に輝く羽毛。星獣、と呼ばれているそうだ。
この付近は何度も往復したというのに、これだけ目立つものが見つからなかったわけがない。
だが私は今の今まで、彼の存在に気づかなかった。
妖精の仕業としか考えられんではないか。
星獣を巡り大陸を横断するサバイバルレース、アストルティア・ラリー。
その裏には、妖精たちの暗躍があったのである。
「あのな……あえてそのネタに乗った上で、突っ込ませてもらいまっけどな」
羊は眠たげな眼で私を見た。
「その……妖精でっか? そいつをとっ捕まえちまえば、ええんと違いまっか」
「とんでもないことだ」
まったく無知とは恐ろしい。私は首を大きく振った。
妖精たちは姿を見られることを非常に嫌うのだ。
もし目でも合おうものなら、彼らは刃物をもって襲ってくるだろう。それも、数十人がかりで。あらゆる角度からだ。命は無い。
「命が惜しいなら、妖精を探そうなどとは思わんことだ」
「はあ、さいでっか」
またも白々しい音色が塩湖に響き渡った。
やがて太陽が高く輝き、塩湖がざらざらとした光に覆われた頃、アストルティア・ラリーの終了を告げる鐘の音が響いた。
「ま、次は頑張りなはれ」
獣人は角笛を吹きつつ消えていった。
後には真っ白な塩の大地が残るだけだった。
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「……と、いうわけで、妖精を大人しくさせる方法を書いた本を探しているのだが、ミモリー?」
「……風評被害で訴えるよ?」