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煌びやかな装飾に飾り立てられたラッカランのカジノ。長い準備期間と華やかなセレモニーを経て、前代未聞のスライムレース大会、アストルティアカップはついに幕を開けた。
カジノ主催ということでこのレースは当然の如く、賭け事の対象にもなっている。
レミーラの呪文を応用して作られた電光掲示板に勝ちスライムの名が浮かぶたびに、はずれスライム券が宙を舞うのである。
熱狂の渦の、ほんの一歩外側、あるいは内側に私はいた。プロッツァ氏も一緒だ。
スライム調教師たちはひとまず役目を終え、それぞれのスライムの走りを見守る側に回る。
護衛としての私の任務も本来、ここで終了なのだが、プロッツァ氏の身辺警護の必要性を訴えて強引に続行した。本音はもちろん、あのスライムたちの走りを一番近くで見届けたいからである。
スライムレースは三つの等級に分けられている。ビギナー、マスター、チャンピオン。
いわゆる「スライムレース」として世間に知られているのはチャンピオンシップレースである。知名度も高く、たとえ勝てずとも出走するだけで多額の賞金が手に入る。勝ち続ければ富も名誉も望むがまま。まさにカジノの華である。
一方、ビギナー、マスタークラスのレースは余程のレースマニアか、関係者でない限り興味を示さない。賞金もたかが知れたものだ。日陰のレースと言える。
だが、ほとんどのスライムはここで脱落する。
華やかな舞台に立つためには、生き残りをかけて戦わねばならないのだ。
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プロッツァの育てたスライムたちも次々にレースに挑んだ。
ヴァースの大自然に体を鍛え、時にはウイングタイガーに追われ、命がけの特訓を積んできた彼らである。
温室育ちのエリートスライム如きに負けよう筈もない……と言えればよかったのだが、現実とは非情なものだ。
敵もまた、それぞれの立場で必死の努力を積み上げてきたのだ。一筋縄ではいかない。
勝つ者もいれば負ける者もいる。割合で言えば……やはり負ける者の方が多い。
プロッツァが命がけで助けたあのスライムベス、ストロベリイ号も、マスターIの壁が破れず、ここで消えた。
檜舞台に上がることなく脱落していくスライムたち。世間から見れば、彼らは落ちこぼれだろう。
だが、その落ちこぼれの戦いぶりは、どんな大レースより私の胸を熱くさせるものだった。
チャンピオンシップへの挑戦権をかけた最終レース、ストロベリイ号は他を大きく引き離し、独走体制で最終レーンに突入した。
スタミナは十分、防御態勢を取り、後続からの攻撃にも万全の備え。誰もが勝利を確信していた。
だが、彼は完璧すぎた。あまりに速過ぎた。他のスライムたちが最終レーンに突入した頃、彼はゴール直前だったのだ。
レーン突入時に敷いた防御陣の効果は、すでに消えていた。
無防備となったその背中に後続の攻撃が殺到する。続けざまに攻撃を喰らった彼は大きく転倒した。その間に、ライバルたちは次々とゴールを駆け抜けていったのである。
はずれスライム券が舞う。スライムオーナーが絶叫し、私も思わずうめき声を漏らした。
プロッツァは、こんなシーンを幾度となく見てきたのだろう。何も言わず、ただ深く瞳を閉じた。
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プロッツァの育てたスライムたちでチャンピオンシップまで生き残ったのは、わずか5匹。これでも平均から比べれば多い方である。
散っていた多くのスライム達の無念を晴らすためか、あるいは自らの栄光のためか、勝ち残った彼らはいずれも好走した。
中でも圧巻は、つららスライムのワクチン号である。
不屈の闘将の異名を持つ名馬にあやかって名付けられた彼は、その名に恥じぬ走りを見せてくれた。
アストルティア通信の評価によれば彼の能力はスピードA、ジャンプC、スタミナS、MPがB。
序盤戦を燃費の良いヒャドで様子見し、妨害の激しくなる第2レーンを無敵アクセルで駆け抜ける。続いて防御態勢でそのリードを守りきり、最後は追いすがるライバルをヒャドで迎撃しつつ逃げきるのが彼の基本スタイルだ。
一方、敵が防御主体と判断すれば守りを捨ててダッシュで逃げ切る臨機応変さも兼ね備えている。ペースマジシャンと呼ばれた本家ワクチンを彷彿とさせる走りぶりである
チャンピオンシップ全15戦を走り抜き、総獲得賞金180万5千ゴールド。堂々の殿堂入りを果たした。
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彼の栄光はレース史に残り、誰もが彼を讃えるに違いない。
だが我々は、その栄光の影に数多の敗北の物語があることを、知っておかねばならないだろう。
走るために生まれてきたレーススライム達。
彼らの流した涙が美しければ美しいほど、手にした栄光もまたその輝きを増すのだから。
栄光と涙の交錯するスライムレース。彼らの走りはこれからも、我々の胸を熱くしてくれるに違いない。