ある時は、吹雪吹き荒れる古城へ。ある時は、清ら水流る地下水脈へ。
新時代到来に沸く世間の熱もどこ吹く風。私の探索は果てることなく続いていた。
一本道の「迷宮」が私を延々と迷わせる。目的の人物は、一体どこにいるのだろうか。
くさりがまの真実を知る最後の一人。
その人物の所在は、魔法戦士団の情報網をもってしても容易には掴めなかった。
住所不定、神出鬼没。ただ一つの手がかりは魔法の迷宮を徘徊しているということだけである。
香水をつけていると寄って来るという噂もある。
だが香りに導かれてきたのは
こんな男や
こんな男や
以下略
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それぞれ5回以上は出会っただろうに目的の人物には未だ巡り合えず。私はついに迷宮の中で新時代を迎える羽目になってしまった。
探していない時には、比較的頻繁に巡り合うのだが……探し始めた途端に、これだ。
「運命の導きとは、そういうものです」
何十回目の探索になるだろう。やっと巡り合った占い師は、ニコリともせずにそう言った。
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彼女の名はミネア。天空の勇者と導かれしもの達の物語に登場する、伝説的占い師である。
彼女の活躍を伝える文献は数多いが、中でも異端とされる一つに、彼女がくさりがまを使っていたとするものがある。
しかも、鎌の方を振り回す、ミズヒキ氏の言う"誤った"やり方で、だ。
だが、伝説に名を残す人物が、そんな初歩的なミスを犯すだろうか? これは詳しい話を聞かざるを得ない。
取材を申し込むと、彼女は姉への手紙を届けることを条件に、応じてくれた。
彼女がくさりがまを使っていたのは、事実らしい。
荒事を好まない彼女は敵に近づかずに戦える武器として、この武器を選んだそうだ。
そしていかにも攻撃力のありそうな鎌の方を敵に投げつけた。
ただでさえ間違った使い方である上に、当時の彼女は武術の素人である。とても戦えるはずはない。
「さぞ苦労されたでしょうね?」
「いえ、それほどでは」
彼女はこともなげにそう言った。そんなはずはない。武芸を学んでいる私でも悪戦苦闘なのだ。
すると彼女は実演してみせると言い出した。幸い、ここは魔法の迷宮。練習相手はいくらでもいる。
果たして、彼女はくさりがまを振り回した。鎖の先の鎌が複雑な……否、滅茶苦茶な軌道を描いて乱れ飛ぶ。
狙いなど定まるはずもない。鎌は魔物の右上にある岩にぶつかり、跳ね返された。
やはりあの使い方で戦えるはずがない。歩み寄ろうとした私は、そこで動けなくなった。
岩に反射した鎌があらぬ方に飛び、途中にあった別の岩に鎖が絡む。岩を中心に鎌が回転! その軌道上に魔物の身体があった。
死角からの攻撃。誰もかわせない、見えない一撃だ。
「……と、まあこんなところです」
信じられない光景である。彼女はあの複雑な鎖の軌道と岩の位置、それに敵の動きを全て見切って攻撃したというのだろうか?
だとすれば、彼女は稀代の武術家ということになるが……
「いえ、武術は不得手です。ただ、私は少し未来のことが分かるのです」
占い師は涼しげな顔で鎖を手繰り寄せた。
つまり彼女は持ち前の予知能力で鎌が何にぶつかり、どう跳ね返るかを見定めたうえで攻撃を仕掛けていたらしい。
確かにこれは武術ではない。
私が圧倒されている内に、彼女は簡潔な別れの言葉を述べ、また迷宮を流離い始めた。その背中に、私は慌てて頭を下げるのだった。
くさりがまに纏わる私の探索行は、ここにひとまず、幕を閉じた。
カミハルムイで見せてもらった本来のくさりがま術。世界宿屋協会の売り出した、ムチとしてのくさりがま。そして占い師ミネアの戦術。
これらを総合的に組み合わせて私の出した結論はこうだ。
今回売りに出されたくさりがまは、エルトナ伝統の古代武器ではなく、軌道予測を行いながら戦う占い師のための武器。いわばミネアモデルなのである。
占い師がムチの使い手であることが、何よりの証明と言えるだろう。
……とでも考えるしかないか。
ま、一般性のある武器とはいえないが、それはこの際、問題ではない。
一つの武器が世に出たことで、それにまつわる歴史を紐解く旅ができた。私にとってはそれが何よりの収穫である。
とはいえ、ミネア氏の捜索に時間がかかりすぎて、この記事もすっかり時代遅れになってしまった。
もう少しスピーディにいきたいものだ。
さて、時代は移り変わり、武器もまた移り変わる。巷では両手剣が最盛期に入ったと専らの噂である。
我々魔法戦士にとっては、弓矢に関する技術革新の成果が気になるところだ。
訓練と実戦を繰り返し、技を自分のものにしていくとしよう。
後の時代に語られるべき歴史を築くのは、現代に生きる戦士の務めなのだから。