「随分遅かったニャー」
「まあ、色々あったのだ」
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冬の空気もなんのその、眩い日差しを浴びて輝く白亜の臨海都市が、猫の鳴き声と共に私を迎え入れた。
ここを離れていたのはほんのひと月足らずだったのだが、随分と久しぶりに思える。こういう時、誰かが待っていてくれるというのは、良いものだ。
魔法戦士団の特別任務のため冒険者生活をしばし離れていた私も、ようやく普段の生活に復帰することができた。
まだまだ厳しい状況は続くが、とりあえず定期的に顔ぐらいは出せそうである。
私がここを離れている間に、世間は少し、様変わりしたようだ。
たとえば、船乗りの服を着た女性冒険者が増えた。
冬だというのに水着を纏う冒険者も増えた。荒行だろうか。
記章に刻まれているのは決まって「アスフェルド」の文字である。
はて、と首をかしげていたのだが、郵便受けに溜まっていた手紙を整理する内に謎が解けた。
アスフェルド学園、生徒募集、か。
服はともかく水着の方で、どういう学園なのかおおよその見当はついた気がするが……。
ま、ウェディの私には関係のない話だ。第一、学園に通う歳でもない。
とはいえ、人間族にも親しい友人はいる、彼らからは面白い話も聞けるかもしれない。
あまり期待せずに、彼らの手紙を待ってみるとしよう。
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世の変化はもちろん、それだけではない。
手紙や噂話を整理していく中で特に私の目を引いたのは、とある詩人の話である。
彼の主催する劇場とそこで行われる催しごとは、噂を聞く限りかなり楽しめそうなものだった。
台本の無いドラマでは、何が起こるかわからない。あらかじめ準備を整えておくこともできないのだから、教本通りの戦い方はできない。それが私の興味をそそるのだ。
劇の進行次第で、力を発揮できる職業もできない職業もいるだろう。だが、幕が上がった以上、それぞれがそれなりに自分の役割を見つけ、演じてみせねばならない。
型にはまらない劇的な戦いを演じられるのではないか。そう、まさに「劇的」だ。
酒場で雇った冒険者と共に挑むこともできる、というのも嬉しいところだ。
最後まで演じ切ることができなくとも達成段階に応じた報酬がある、というのも、敷居の低さを感じさせてくれる。かつてピラミッド探索が流行った頃に近い期待感があるのだ。
あの頃、全ての霊廟を制覇できる冒険者は決して多くなかった。
それでも我々は、踏破できるところまでを踏破し、それなりの達成感と報酬を得て、大いに楽しんでいたのだから。
郵便受けに溜まっていた手紙は他にもまだまだある。
蒼天の色の封筒に入った、とある冒険者からの依頼はそろそろ期限切れだ。急ぐ必要がある。
世界宿屋協会が新しい装備を売り出したという話も聞いた。新しいドレスアップを考えてみてもいいかもしれない。
そして忘れてはいけない。水の領界の探索。
私が特別任務に勤しんでいる間に、多くの冒険者達がかの地に乗り込んだそうだ。
既に新たな領界への道筋を見つけたという噂も耳に届いたが、とにかく行ってみなければ何もわからない。
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「やること盛りだくさんだニャー」
猫魔道のニャルベルトが嬉しそうに笑った。彼もうずうずしている。
「さて、大変だぞ」
私の顔にも、同じ種類の笑みが浮かんでいたに違いない。
ジュレットの太陽が波にはねて、上から下から私を照らしていた。
「大変だねえ」
いつの間にか背後に立っていたエルフのリルリラは、呆れたように肩をすくめるのだった。