波の音が絶え間なく耳ヒレをくすぐり、潮風がヤシの木を揺らす。大地は青々と茂り、足元には薄黄色の花が慎ましく咲いていた。
どことなく懐かしい。耳に届く潮騒に、私は故郷、ウェナ諸島を思い出した。
だが、水平線の少し上に見える白いものは、入道雲ではない。
潮風に載って聞こえてくる飛沫の音が非現実的な現実を突きつける。紫色の空と、途絶えることのない高波の壁が白く高く、私を、そしてこの緑の孤島を見下ろしていた。
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私の名はミラージュ。ヴェリナード魔法戦士団の一員である。
女王陛下よりナドラガンド調査の任務を賜った私は、猫島出身のニャルベルト、エルフのリルリラを伴い、この"水の領界"を訪れていた。
他に片付けるべきことがあり、他の冒険者やナドラガ教団の神官達より一月ほど遅れての出発となってしまったが、調査に求められるのは早さよりも正確さである。
じっくりと調査を進めていくことにしよう。
見る者の不安を掻き立てる高波の壁と、紫の空を映す海を背に、我々の探索は始まった。
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緑の孤島はそれほど大きな島ではない。程なくして一周する。住民数、ゼロ。もっとも、徘徊する魔物達を住民の数に数えるなら話は別だが。
住民の代わりに、この地の歴史を語ってくれたたのは、既に廃墟と化したいくつかの住居と残された石碑達だった。
どうやら、かつて竜族の都が神の裁きを受け、荒れ狂うオーフィーヌの海に沈んだ時、わずかな生き残りだけがこの島に流れ着き、暮らすようになったようだ。
他の領界と同じように、この水の領界にも災厄の雨は降り注いだというわけだ。
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都が滅びたとはいえ、この島に限って言えば、緑豊かな土地である。
頭上にはヤシの実がなり、海からは海産物も取れる。真水も沸く。
苔生した石碑は、この島に流れ着いた竜族が豊かとはいえずとも、それなりの生活を営んでいたことを語っていた。
だが、彼らが裁きを逃れたと考えるのは早計なことだ。
今、廃墟となったこの村を見れば、より重い罰を課せられたのはむしろ彼らの方ではないかとすら思う。
都の崩壊から逃れた彼らはしかし、救いの道を見出すことはできず、この地で緩慢な滅びの道を歩むことになったのだ。
元々の生き残り数が少なく、子孫を残せなかったのか。あるいは徘徊する魔物達との生存競争に敗れたのか。
一人、また一人と人が減り、最後に残った一人は、どんな気持ちでこの海を見つめていたのだろう。
白い絶壁のように、高波がオーフィーヌの海を取り囲む。暖かい日差しと水の恵みに包まれたこの孤島は、真綿でできた牢獄だった。
これが裁きとはいえ……我が種族神ながら無体なことをするものである。
神秘的な石碑に刻まれたその名を私は小さく呟いた。
マリーヌ、と。