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テーブルの上から一房、粒状のカラフルな実をつけた茎を引き寄せ、口に放り込む。
舌の上で果実が弾けると、途端に濃いアルコール分を含んだ果汁が口中に広がり、思わずむせ返りそうになる。
やがてエキスは口の中の水と溶け合い、ほどよい酸味が舌に絡みついたところで喉に吸い込まれていった。
海ぶどう酒というらしい。
変わった酒を造るものだが、この街では、こうして果実の中に閉じ込めでもしなければ、飲み物を保存することなどできない理由がある。
テーブルの隣を魚たちが通り過ぎていくのを横目で眺め、私はもう一房、海ぶどう酒を引き寄せた。
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海底都市ルシュカ。
ナドラガ教団の先導の元、私がこの不可思議な都を訪れたのは、つい先日のことである。
海の中に住む人々。空気をはらみ、呼吸可能な水。噂には聞いていたが、実際に確かめるまでは半信半疑だった。特に最初の一呼吸は、正に恐怖との戦いだった。ウェディの私でさえそうなのだから、他の種族はそれ以上に違いない。
ニャルベルトなどは、最後まで水に潜るのを嫌がっていたものだ。
「毛が水を吸って重くなるのニャー」
この分だと、プクリポ族も苦労しているに違いない。
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店を出て、周りに誰もいないのを確認すると、私は廊下をふわりと泳ぎ始めた。ここは海底都市。室内だろうと水の中である。
天井と壁に囲まれた通路の中を泳ぎ進んでいく感覚は新鮮で、四角く切り取られた視界と、次々に私を通り過ぎていく魚たちの群れが、私を童心に帰らせた。
建物の中を泳ぐ経験は、誰にでもできるものではない。十字路に差し掛かり、私はカーブをかけて進路を左に変えた。慣れないせいか、曲がり切れず壁に寄り過ぎた。咄嗟に脚で壁を蹴り、加速。噴き出した気泡と共に出口へと向かう。
細かな泡がくすぐるように私の全身に触れ、一瞬、視界を覆う。それが晴れると、出口のドア。
ドアノブに飛びつくように触れると、ゆっくりとブレーキをかける。犬かきの猫魔道が背ビレにぶつかった。
「ついでだ。宿まで泳ぐか」
「魚の本能だニャ?」
ニャルベルトは呆れ顔を見せたが、その実、口元が緩むのを隠しきれていない。
街を泳ぐ。
地上ではありえない体験に、猫の尻尾はゆらゆらと揺れていた。