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神殿への道すがら、オンネ氏は多くのことを教えてくれた。
そこかしこに配備された珊瑚が空気を生み出す力を持っていること。神殿の巫女殿が、その力を海中に注ぎ、人が暮らせるように維持していること。
ヴェリナード魔法戦士団の一員として各地を旅してきた私だったが、海中に炎まであると聞いた時にはさすがに驚きを隠せなかった。全く、物理法則もあったものではない。
だがその炎が、炎の領界を守るかの聖鳥に由来していると聞いて、私は様々なことに合点がいった。
つまり、この街はナドラガ神ではなく、我々の知る種族神の庇護のもとにある街だということだ。
おそらく彼らの崇めるカシャル様とやらも、マリーヌ神の遣わした存在に違いない。
ということは、ルシュカの民は、あのナドラガ教団よりもよほど我々に近い立場にある、ということになるではないか。
これは、とても重要なことである。
実を言うと私には一つ、頭を悩ませている問題があった。
騎士団に身を寄せるヒューザに会見を申し入れた時、待ち合わせの連絡と共に伝言が一言、添えられていたのだ。
ナドラガ教団を見限ってこちらにつけ、と。
リルリラは憤慨したが、私に言わせれば悪い話ではなかった。
薄情なようだが、我々にはナドラガ教団に味方する義理は無い。
まして、竜族の解放を目指す彼らにとって、竜族を領界に封じた我々の種族神は怨敵そのものかもしれないのだ。
私にはどうしても、エジャルナで見た子供向け絵本の内容が忘れられなかった。
ドラゴン・ウォリアー。邪悪な神と、その6人の手下を打ち倒す英雄の物語。ナドラガを封じた種族神と、6人の器たち。
「肩入れしすぎたとは、思う」
私はリルリラにそう言ったものだ。ここらで一旦距離を置くのも悪くない。
リルリラは不機嫌だった。
「そういうのって、敵を増やすだけに見えるけど?」
彼女の言葉も間違いではなかった。まして私はヴェリナードからの使者を兼任する立場である。ことは慎重に運ばねばならない。
……だが、事態は我々の思惑を超えて急速に、あまりに急速に進んでいるのだった。
そのことを我々が知ることになるのは、まだ先の話だ。
「まあ、吾輩には関係ニャい話だけどニャー」
猫魔族のニャルベルトは欠伸と共に水を飲み込み、激しく咳き込むのだった。