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海底探索はさらに続く。
我々はイルカのミニチュアが飾られた小さな祠に立ち寄り、刻まれた合言葉を確認した。
これはカシャルの水門と呼ばれる転送装置で、合言葉を口にするだけで好きな場所に行くことができる優れモノである。
アストルティアには無かった仕掛けだ。
便利なのはもちろん、合言葉というのが冒険心をくすぐるではないか。子供っぽいと言われようと、私はこういう遊びが嫌いでない。
きっと"カシャル様"も、そういう遊び心を持つ神獣なのではないか。なんとなく、親近感がわく話である。
「まあ、同じ魚だしニャ」
「イルカは哺乳類だ」
「ウェディもそうでしょ」
足取りは軽く、浮力のおかげで身体も軽く。軽口を叩きつつ、軽い気持ちで軽々と、我々は海底探索を続けるのだった。
カシャルの水門を通り、巨大巻貝の鎮座するなごみの海へ。緑の孤島への玄関となる南海、晴れの海を巡り、海底植物の繁茂する迷いの海を踏破する。
一見すると似たような景色だが、それぞれに特徴があるのが興味深い。
残る未踏海域はあとわずかだった。
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オーフィーヌ南西に広がる眠りの海は、海底海流の行き着く先。巨大なイカと獰猛なサメの根城となっており、近づく者はごくわずかである。
にもかかわらず、人工物の影がやたらと多い。
どうやらこれは水の領界が水没する前に存在した集落の成れの果てらしい。
この場所を眠りの海と名付けたのは、彼らなりの鎮魂の意だろうか。
もっとも、水没時に死亡したのはたった一名で、その人物を弔う場所は別にあるというから、誰も寄り付かない寂しい場所という程度の意味かもしれない。
この海域の最奥部には古びた祠があり、巫女フィナの命により立ち入りを禁じられているそうだ。
例によってカシャル様ゆかりの場所かと思いきや、そこにはナドラガ神の名がしっかりと刻まれていた。
神獣カシャルがマリーヌ神の遣いだとすれば、彼の神がこの祠への立ち入りを禁じていることは、大きな意味を持つ。
なんとか中を見せてもらえないか頼み込んでみたが、門番を務めるハセニマ氏は実直な男だった。巫女殿の命令です、の一点張りで全く融通が利かない。実にもって、兵士の鑑というべき男である。まったく!
私は一瞬、この祠のことをナドラガ教団に教えてやろうかと思ったが……やめた。
ただでさえ青の騎士団との交渉が上手くいっていない今、余計なトラブルの元となるだけだろう。
それに、ナドラガ教団の知らない情報を手の内に仕込んでおくのも悪くない。
彼らが敵となるか味方となるか、まだわからないのだから。
眠りの海に寒々とした海流が流れ込んだ。獰猛なサメたちは、いつ戦いが始まってもいいように、鋭く牙を研ぎ澄ませていた。