さて、海底探索も大詰めに入り、未踏地域はオーフィーヌの西端より繋がるガイオス古海を残すのみとなった。
ここはルシュカでも危険地帯として知られており、一般人の通行には騎士団の許可が必要となる。
無論、我々外部の者には関係ない。ずかずかと立ち入らせて頂こう。
ここで何より我々の目を引いたのは、一隻の沈没船である。
ルシュカ水没時に沈んだ船かと思いきや、有識者の証言によると、それ以前に海に沈んだものらしい。
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俄然興味が沸いてきた。第一、海底探索と言えばやはり沈没船ではないか。
「何、その拘り」
「そういうものだ」
船内はかなり老朽化しており、おまけに海溝に引きずられてか、船自体も傾いていた。時折、がたがたと船体が揺れる。
宝箱に擬態したミミックたちは一向に現れない獲物にしびれを切らしてか、自ら歩き始める始末である。沈没から相当な年月が経過したと見ていいだろう。
我々は万一に備えて命綱を船外に結び、慎重に探索を進めていった。
残念ながら金銀財宝は持ち運ばれた後だったが、それ以上の収穫もあった。無造作に置かれた、古びた航海日誌がそれだ。
相変わらず、何故紙の本が海中で読めるのかについては、もう詮索しないでおくことにしよう。疑った瞬間に日誌が崩れ落ちかねない。
この日誌によれば、どうやらこの船は海賊船で、船員たちはオーフィーヌ海を天の海と呼んでいたようだ。
天、すなわち天空。学者たちによればナドラガンドはアストルティアの上空に浮かぶ浮遊大陸だったという説が主流だそうだが、この記録はその裏付けとなりそうである。
持ち去られた財宝の跡に、捨て置かれた一枚の地図もまた大きな収穫である。
この船がルシュカ水没以前の遺物であれば、この地図はもしや……かつてのナドラガンドの地図ではないのか?
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私はこれを持ち帰ろうとしたが、日誌と違って一枚きりで放置されていたせいか、かなり脆くなっているようだ。触ることも危うい。
結局、写真を一枚とり、それを持ち帰ることにした。
半ばインクも滲み、細かい部分は確認できないが、それでもこれは大きな収穫である。
隣に置いてあった妙な顔の人形も気になると言えば気になるが……。
ここで我々は大きな揺れを感じ、船外に引き返した。
ほどなくして揺れは収まったが、やはり危険な場所には違いないようだ。
「……ところでずっと気になってたんだけど、これ、何だろうね」
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リルリラは船に巻き付いた巨大な樹のようなものを指さした。
確かに、私も気になっていた。
よくよく見ればそれは歪んだ柱のようでもあり、植物の根のようでもあり、吸盤がついているようでもあり、また、動いたようでもあった。
リルリラの顔が引きつる。
「私、凄く嫌な予感がするなあ」
「奇遇だな、私もだ」
一歩引く。吸盤を持つ触手はするりと船体を取り囲み、一時停止した。
私は子供の頃に読んだ海底探検の物語を思い出した。青い狸型ロボットと少年たちの白い冒険記、その海底篇。
宝を守る大タコは彼らにとって最大の脅威だった。
いったん引きあげようという私の提案は、全員一致で受け入れられた。
帰り際、ふと振り返ると、私は奇妙に見覚えのある何かを見た気がした。
そう、見覚えのある顔だ。
あれは、もしや……
「ミラージュ?」
私は彼女の静止を聞かず、引き返して海溝を覗き込んだ。船影に隠れて見えづらいが、見まごうはずもない。
そこには数えきれないほど見てきたあの女神の像が神々しくそびえ立っていた。
ナドラガンドに、何故この像があるのか。もし水没前から存在するものだとしたら……。
これは最大の発見として記録に残しておかねばならないだろう。
マリーヌ神を上から見下ろす不遜を心の中で詫びながら、私は震える手でシャッターを切るのだった。