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海底探索を終えた我々がようやくルシュカに戻ると、街はいつもよりざわつき、人々の様子は浮足立って見えた。
話を聞いてみれば、どうやら神殿の巫女殿が、行方をくらましたらしい。
「いつものことだよ。ったく……」
ヒューザは忌々しげに吐き捨てた。どうも、放浪癖のある巫女らしい。
とはいえ今はナドラガ教団との接触もあり、微妙な時期。一刻も早く捜索すべし、というわけで客分のヒューザも狩り出されたようだ。
自然、私もそれに協力する流れとなる。
「久しぶりに、お前と組んで探索というのも面白そうだしな」
「お気楽な野郎だぜ」
必要物資の補給を済ませ、我々は再びカシャルの水門をくぐるのだった。
捜索班の顔ぶれは私とヒューザ、エルフのリルリラと猫魔道のニャルベルト。青の騎士団からは以前、街の案内を務めてくれたオンネ氏も同行している。
「フィナ様に何かあれば、我々は……」
オンネ氏が不安を隠せない様子で呟いた。
確かに、あの街の暮らしは巫女殿に完全に依存している。神話の時代から、巫女殿の加護の元で永らえてきた民族なのである。
オンネ氏はルシュカを変わらない街、と呼んだ。ヒューザもそう言った。
それはそうだろう。神話の時代から、一人の巫女を崇め続けてきたのだから。
女王陛下を奉り、恵みの歌の元で繁栄する我がヴェリナードも一見すると似たようなものだが、女王はいずれ歳を召し、国家を次代に受け継ぐ。そのたびに少しずつ潮の流れは変わり、時に波が荒れることがあっても、同時に新しい空気が海の中に溶け込み、淀むことなく流れ続けてきたのだ。
まして今、オーディス王子が永く続いた女王制を廃し、新たな流れを起こそうとしている。
その行為の是非はともかくとして、世代を経て、衝突を繰り返しながら文明が変化していくこと自体は、歴史的に見て健全と言えるだろう。
女王制の廃止に懐疑的な私でさえ、時の止まった海底都市、あの変わらずの都を見ればそう思うのだ。
ルシュカ。それは病んだ文明なのか。
とは言え、今は文明論をうんぬんしている時ではない。巫女殿を探し、我々はあちこちを飛び回った。
「やっぱ、あそこだろうな」
ヒューザが目星をつけたのは、ガイオス古海だった。私の脳裏に、あの沈没船と大タコの姿が浮かんだ。
あんな怪物に襲われたら、巫女殿の細い身体などひと砕きに締め壊されてしまうに違いない。我々は現地に急行したが、その心配はどうやら杞憂に終わった。
大タコはいつの間にやら沈没船から退散し、船自体も海溝から逃れて別の場所に移動していたのである。
目撃者の証言によれば、捜索隊に加わった"解放者"殿が、"伝説の槍"をもってあの海の悪魔を退散せしめたのだそうだ。
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きっと凄まじい大立ち回りを演じたに違いない。さすが、英雄と呼ばれるような冒険者は我々とは一味違う。
「さっさと行くぜ」
ヒューザは沈没船を素通りし、先を急ぐのだった。
あの巫女殿には随分とご執心らしい。
私はふと、先日の面会でヒューザが言い残した言葉を思い出し、彼の横に並んだ。
「心配なのは巫女殿か、それともルシュカの街か?」
「関係ねえよ。頼まれた仕事だ。やるだけだろ」
「故郷のような場所、と言ったな」
ヒューザの口から気泡が零れた。暗い深海にその音はよく響いた。
岩陰に入り、影がよりいっそう深く水の世界を満たす。その影の向こうで、ヒューザはあの表情を浮かべているに違いない。ヴェリナードの白亜城で、ルシュカの都で見せたあの表情を。
私は自分の目が錐のように鋭くとがっていくのを感じていた。
「お前の故郷はレーンだろう」
こぽりと、泡の浮かぶ音だけが海を満たした。
沈黙は苛立ちとなって私の胸を満たした。
口の中から、荒々しい音を立てて泡が溢れていった。