押し寄せる波に、殺意が滲む。魔物達は2体のマーマン・タイプに率いられ、我々に急襲した。
総大将の深淵魚は、指揮官を気取っているのだろう、後方で待機。我々としては好都合だ。
ヒューザはルシュカの巫女をちらりと振り返ると、私に目配せし、逆方向を指さした。
「敵を引き付けるぜ」
「了解した」
巫女から離れ、左右に分かれてそれぞれが敵を引き付ける。マーマン・タイプが二手に分かれ、雑魚もそれに倣った。
と、ヒューザの動きが一拍、遅れた。
それにつられて、私を追おうとしていた雑魚の数匹がヒューザの側に回った。ヒューザの口元には、不敵な笑み。
奴め、わざとか。
俺が多目に引き受けてやるよ。そう言っているのが分かった。そういう憎らしいことをする奴なのだ。
「全く、気障な奴だ!」
多数の敵影を引き連れ、二匹の魚が深海を舞う。傍目には優雅な遊泳ショウにでも見えたかもしれなかった。
私が弧を描いて旋回した時、ヒューザの引き連れた魚群がちょうど岩陰に隠れたところだった。
旧友の影が闇に沈むと、ふと、別種の不安が私の胸をよぎった。先ほどのヒューザとの会話だ。
ヒューザがあの事故をいまだ引きずっているのだとしたら。ヒューザの旅が贖罪の旅だとしたら。
闇に敵影が殺到する。
自ら危険を引き受けるのは、自己犠牲のつもりなのか?
「……ヒューザめ!」
だが私にも余裕はない。背後に迫る敵は徐々に間合いを詰め始めているのだ。
……私の計算通りに!
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私の視界がぐるりと回る。宙返りをするように海中でターンを決め、私は敵の背後へと回り込んだ。潮が流れを変えた。
敵も同じく旋回しようとする。が、急速なターンに追いつかず、弧が大きく膨れた。
その隙に私は完全に敵の背後をとっていた。
追う者と追われるものが逆転し、海流が渦を巻く。
私はレイピアを構えた。水中で剣を振り回しても水の抵抗で大きく減衰してしまう。銛の要領だ。刺突こそたった一つの冴えたやり方。グリーン・ゴー!
シュッ、と銀光が水を裂き、敵の身体に吸い込まれた。引き抜くと、傷口から黒い霧が広がる。
敵はパニックに陥った。雑魚は全力で逃げを打つ。だが本気を出したウェディの速度に勝てるものはいない。次々と背中を貫かれていった。
大物のマーマン・タイプは逃げを嫌ってか、その場で振り向いた。勇敢なことだが、それは選んではならない選択肢だった。泳ぎを止め、不安定な水中で棒立ちとなった魚人の腹に、私のレイピアが襲い掛かる。自ら生み出した慣性と戦う彼に、それに対応する余力は無かった。
敵を始末した私は、改めて相棒の方を振り返った。そこには、剣を振り被ったヒューザに四方八方から襲い掛かる敵の姿があった。
「ヒューザ!!」
贖罪、犠牲……聞きたくもない言葉が脳裏に浮かぶ。
私の口から泡と共に声が溢れた。
だがそれは、より力強い波と雄叫びに完全に掻き消された。
「雑魚が……うざってえ!!」
ヒューザは大きく振りかぶった大剣を力任せに振り回した。
物理法則ごと一網打尽。世の理など知ったことかと剣を振りきり、雑魚の群れを薙ぎ払う。お世辞にも理にかなった戦法とは呼べない。だが、強い!
銀光が閃くたびに波が起き、魔物達は次々と三枚に下ろされていった。
私は口元に笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
あいつは昔からそういう男だった。理屈に押しつぶされる男ではない。
私の心配など、どうやら余計なお世話だったらしい。
生き残ったマーマン・タイプがヒューザに襲い掛かる。ヒューザの眼と剣が鋭く光った。
銀の五月雨が海中に降り注ぐ。三、いや四連撃。
「あの技、リベリオのに似てるニャ」
いつの間にか追いついてきたニャルベルトが指摘した。
かつて猫島の親善試合で体験した鋭い太刀筋が、私の脳裏によみがえった。確か抜刀五月雨斬り。
巨猫族の剣士リベリオは、ヒューザとも因縁浅からぬ男だ。
どういう経緯でそんな技を習得したのかは知らないが……彼も彼なりの旅路を歩んできたらしい。
「だが、しかし……」
私は再び地を蹴り、ヒレで波を切って泳ぎ出した。大物を仕留めたヒューザの背後、目ざとく襲い掛かろうとする雑魚が一匹。
音も無くレイピアが伸び、敵を貫いた。
「詰めが甘いな、ヒューザ」
「気付いてたぜ。返り討ちにする予定だったのに、余計なことしやがって」
「そりゃ、悪かった」
互いに背後を守り合う姿勢で次の攻撃に備える。周囲を取り囲む敵影は、もはや僅かだった。
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と、海流が激しく揺れる。
奇怪な雄叫びが深海に響いた。
見上げれば、不格好に膨れた魚人の影。
「どうやら御大将のお出ましらしいな」
深淵魚キュラスが、ようやく重い腰を上げたのだった。