鉾を構えた敵の姿に我々は身構えた。突撃に備える……だが、それは敵の策略だった。
不細工な笑みを浮かべた魚人はそのまま鉾を海中にかざし、呪文を詠唱し始めたのだ。
海流がざわめく。深海の水に変化が生じ始めた。
そして次の瞬間、海流が竜巻に化けた。ガイオス古海に渦潮が巻き起こる。
「ちぃッ!!」
「野郎ッ!!」
極大真空呪文! あの化け物は水中で真空呪文を使ったのだ。風なき海底で巻き起こるのは旋風ではなく、渦巻きだった。
海流に翻弄され、渦潮に閉じ込められる。身動きが取れない。
一方、深淵魚は渦の上方に跳ね上がり、台風の目をめがけて突撃を敢行する。動きを封じられた獲物はなすすべもなくその牙にかかるのみ。
奇策だが、理に適っている。キュラスの必勝戦法といったところか。
だが、奴の誤算はウェディ二人をこの渦に閉じ込めたことだ。
「ミラージュ、やるぜ!」
「おう!」
私とヒューザは渦の中で向き合い、お互いの足の裏を蹴った。
二つの魚影が左右に別れ、渦を突き抜ける。脱出!
キュラスの突進が渦を縦断したのはその直後だった。
渦を引き裂く深淵魚の巨体が、無数の泡を生み出しながら落下していく。
深海を気泡が満たした。白い霧のように視界を遮る泡の群れに、キュラスは我々の姿を見失ったようだ。
それが隙になる。
泡が散り、視界が開けた時、彼の目は確かに捉えただろう。気泡の裏側、己の頭上。自身が切り裂いた海流の道をそのままたどり、二人のウェディが急降下するのを。
刃がきらめく。深海にどす黒い血が滲む。
細剣が魚鱗を穿ち、大剣が骨を断つ。
深淵魚は泳ぐこと能わず、そのままさらに落下した。墜落先は、あの沈没船の甲板である。
二人のウェディがその後を追い、静かに着地する。
「終わりにするか」
「おう」
深淵魚のヒレが怯えたように震えた。
勝敗はもはや明らかだった。