黒い壁が広がっていた。
何処までも高く、広く。
渾身の力を込めて剣を打ち付ける。壁は柔らかくそれを飲み込んだ。
泥を掻くような曖昧な手応えと疲労感。闇は広がり続ける。
私はただ、剣を振るい続けた。
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始まりはほんの小さな好奇心だった。
竜討士プログラム。かつての大戦が残した負の遺産、ダークキング達の掃討戦。
冒険者の中でも、選ばれた手練れだけが挑戦できるというその戦いは、私如きの実力では、とても手の出せない代物に見えた。
ただでさえ凶悪な力を持つ上に、彼らはあらゆる理力を軽減する力を持つ。フォースブレイクの効き目も薄く、どう考えても私の……魔法戦士の出る幕ではない。
相性が悪い以上、パーティを組もうという冒険者のいるわけがない。挑むならば酒場でサポートメンバーを雇っての戦いとなるだろう。ますます討伐は困難となる。
だが、ダークキングの強さには個体差があり、おおよそⅠ~Ⅳにランク分けされている。
Ⅰ~Ⅱ程度ならば私でもなんとかなるのではないか。
それがきっかけだった。
果たして、サポートメンバーは奮闘してくれた。Ⅰ、Ⅱと順調に討伐を果たし、Ⅲはさすがに手におえず、諦めた。
これで一区切り。それなりに満足もした。そのはずだった。
だが、再びきっかけは訪れた。
私が冒険者として所属しているチーム、豊穣の月のリーダー、ザラターン氏が奇特にも魔法戦士入りで討伐を目指してみないか、と誘ってくれたのである。
他のチームメンバーや友人たちも快くこれを受け入れてくれた。諦めていたはずの挑戦が、ここに始まった。
そして何度かの挑戦の末、ダークキングⅢ討伐を果たした時、私の胸にはっきりと野心が刻まれていた。
魔法戦士として、ダークキングⅣを倒したい、と。
不可能と思えたダークキング討伐が、可能性の光を帯び始めた。そう思った。
だが、光あるところ闇あり。それは真の戦いの始まりに過ぎなかったのである。
我々は敗北に敗北を重ね、その上にさらに敗北を重ね続けた。
ダークキングⅣの実力は私の想像をはるかに超えたものだった。
世の冒険者達の意見によれば、最も安定する構成は戦士二人に道具使い、僧侶ということになるらしい。
我々の場合、道具使いの代わりに魔法戦士の私が入る。だがここで二者の方向性の違いが如実に表れた。
槍を用いた護法術、磁界を応用するシールド、致命的な状況を回復するプラズマリムーバー、そして相手の耐性に左右されないガジェット……
対する魔法戦士の強みと言えば、片手剣がこの敵に好相性というくらいのもので、全く相手にならない。
せめて世界樹の葉や雫を惜しまず使うことで貢献しようと心がけてはみたものの、敵はダークキング。その程度でどうにかなる相手ではなかった。
暗黒空間にダーククリスタルが光を放つ。慌てて飛び退くも、この空間では時空が歪む。私の意識はとうに軌道から離れているというのに、私の実体はまだ光線の直撃位置に残っているらしいのだ。
ならば事前に安全地帯に避難しておく……ところで、安全地帯はどこだ? 視界の外からレーザーの魔手が伸びる。自分の未熟さが歯がゆい。熟練の冒険者ならば軽々と見切っているだろうに……
私を除くメンバーは、いずれも既に"暗黒を打ち消す者"の称号を手にした猛者である。
彼らにとっては何の得にもならない戦い。私の我儘の為に結構な無駄を強いているのだ。心苦しさが焦りを生み、焦りは更なる敗北を呼ぶ。
惜しいと思える戦いもあった。話にもならない惨敗もあった。弓を試してみたりもした。未だ正解は見えない。試行錯誤。
季節はいつしか秋から冬に変わり、そして年があけた。