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地上をはるか彼方に見下ろす大樹の枝に、五つの影が交差する。
一つは巨大な紫色の影。いかめしく尖ったたてがみと獣の顔を持ち、大ぶりな山刀を振りかざす。
残る四つの影はそれを取り囲むように各々の武器を構えた。
私はその光景を遠くから眺めていた。
それは、額縁に飾られた一枚の絵画であった。
今ではない時、ここではない場所。一枚の絵を通して、英雄と呼ばれる冒険者が繰り広げた戦いを、我々は追体験する。これはエルトナ大陸、久遠の森にて実際に行われた戦闘の再現である。
「単なる再現では意味がない。再創造。わかるね?」
幻想画家ルネデリコは念を押した。私は頷き、紫獅鬼に挑む冒険者の一人を凝視した。
暗く塗りつぶされたその顔に、見覚えのある瞳が浮かび上がる。鼻が、口が。耳ヒレが。銀色の髪と、それを覆うフェザーハットが見えた。
そして冒険者に向けて放たれた荒々しい電光さえ、私の瞳は捉えた。
身を翻し、地面を蹴る。世界樹の枝が揺れた。私の肩口をかすめて、紫色の電撃が通り過ぎていった。
私は剣を構え、紫獅鬼に向き直る。
これがルネデリコのバトルルネッサンス。過去に起きた劇的な戦いを、文字通り追体験する。今、紫獅鬼バイロゼオに立ち向かう冒険者は私であり、酒場で雇った仲間達だった。
今、このバトルルネッサンスは、冒険者たちの腕試しとして、注目を集めている。
ただでさえ、腕に覚えのある者は、自分の力がどこまで通じるか試してみたくなるものだ。
ましてこれに豪華な景品がつくとなれば、彼らが飛びつかないわけがない。
かくして、私も飛びついた。
そして己の未熟さをひしひしと感じていたところである。
魔法戦士として、酒場で雇った冒険者と共に強敵に挑む。今回も、私はこのスタイルを貫いている。
当然、普通に挑むよりも厳しい戦いになる。
よって、報酬の条件のうち、いわゆるタイムアタックと同職での撃破は諦めた。
せめて道具を使わずに全ての敵を倒してみよう、というのが今のところの目標である。
最大の難敵である"禍乱の竜"はひとまず置いておくとして、まずはそれ以外の面々に挑む。
基本構成は魔法戦士の私に戦士、僧侶二人。大抵の敵はこれでなんとかなった。
問題は、複数の敵との乱戦を強いられる場合である。
何しろ、雇った僧侶たちは一人でも傷ついたものがいると回復を優先し、全くと言っていいほど蘇生呪文を使おうとしないのだから。
僧侶を二名体制にするメリットはその点にあり、片方が回復をするうちにもう片方が蘇生を担当してくれる。これが大きい。
だが敵が複数いる場合、パーティは継続的に傷を負うことになる。結局、二人とも回復に専念することになるのだ。
まったく……もう少し融通を利かせられないのか?
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「だって命大事に、って言うじゃない」
と、僧侶のリルリラは口をとがらせる。どうやら倒れた者の命には気を払わないのがエルドナ流らしい。
波状攻撃を仕掛ける桜蝶鬼の猛攻を前に、僧侶たちは回復一辺倒だった。
私は窮余の一策として、ハイドラベルトと魔法の鎧を着用した。へヴィチャージを強引に発動させ、敵の一匹を引き離す。パラディンの真似事だ。
敵の手数が減り、僧侶の回復が追い付くようになる。回復が追い付けば蘇生に回ってくれる。これでこの敵はなんとかなった。
支配されし飛竜たちとの戦いでは、久々にバトルマスターとドラキーのラッキィを投入した。敵軍の最後の一押しをマダンテで押し返すためである。
こうして、順調かどうかは別として、私はキャンバスに己の戦いを刻み込んでいった。
残るは禍乱の竜。そして……
「苦戦しておるようだねえ、バイロゼオに」
芸術家は私の肩越しにキャンバスを覗き込んだ。
まさに、紫獅鬼バイロゼオが私の行く手を阻んでいた。