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空を焦がす爆炎が、浮遊遺跡を赤く染めた。
続いて巻き起こる旋風が挑戦者の身体を跳ね飛ばし、雷光が四肢を貫く。
歯を食いしばってその全てに耐え凌ぎ、必死の形相で立ち向かう戦士に無慈悲なる引導を渡すのは、ただならぬ悪相を浮かべた巨竜であった。
禍乱の竜。幻想画家ルネデリコ主催によるバトルルネッサンスの目玉作品であり、最大の難敵である。
私は一度、友人の冒険者達と共にこの敵に挑んだことがある。その際は彼らの的確な判断力に助けられ、道具無しで勝つことができた。
だが今回は酒場で雇った冒険者との共闘。同じようにはいかない。
まず特筆すべきは、竜自身の攻撃力である。おそらくあのダークキングの上を行くのではないか。素の状態で狙われたらほぼ助からない。
そして竜族独特の戦闘法である陣の召喚。これにより、サポートメンバーが苦手とする複数の敵との乱戦を強いられる。
加えて、今回も道具無しでの勝利を目指すため、世界樹の葉や雫での援護が使えない。
回復役を増やして対応したいところだが、それを許さないのが陣の存在。殲滅力を高めて速攻で陣を叩かねば、回復役をいくら増やしても回復が追いつかないのである。
殲滅力の強化と回復役の増加。この相反する要素を共に満たさねば、勝利は見込めない。かなり厳しい、殆ど理不尽に近い要求である。
抜け道を探す私は、猫魔道のニャルベルト達、モンスターにも協力を要請した。
ニャルプンテで眠らせることができれば事態は大幅に改善される。……が、流石は禍乱の竜。八岐大蛇のように酒に酔って寝てしまう程、間の抜けた相手ではなかった。
ならば幻惑はどうか。闇縛りのシェイドが久々に出撃する。
結果、幻惑は稀に入ることが分かった。が、安定には程遠い。装備も整っておらず、まだまだ力不足のようだ。
抜け道が無いなら、単純に要求を満たすしかない。
殲滅力と蘇生の両立。私が目を付けたのはレンジャー。それもブーメラン使いのレンジャーだった。
ピラミッド探索の黎明期、魔法戦士と組んで戦線を支えたレンジャー達の勇姿を私は忘れてはいなかった。
常軌を逸した攻撃力を持つ禍乱の竜には、生半可な耐久力よりも盾の存在が重要になる。そして範囲攻撃に長けたブーメラン。堅牢な竜の鱗をものともしないフェンリルたちの存在。
火力を底上げするケルベロスのロンドと、抵抗力を低下させ、それを後押しするデュアルブレイカーの秘技。もちろん、私のフォースブレイクもそれに便乗させてもらう。
僧侶1名、レンジャー2名に魔法戦士の私。理論上は最高の相性を示すはずの構成である。
結果は……
……一度だけ、竜の体力を半分まで減らすことができた。だが、そこまでだった。
何かが、何かが足りない。
攻撃力を増やすためにレンジャーの一人を戦士やバトルマスターに変えてみる。
蘇生が追い付かず敗北。
回復力を増すために僧侶を増やしてみる。
殲滅力が足りず敗北。
あちらを立てればこちらが立たず。
万策尽きたかに思えたその時、私の脳裏によぎったのは、古い記憶だった。
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明日の英雄を夢見る冒険者達が集うジュレットの酒場。潮の香りとアルコール臭がまじりあい、奇妙に刺激的な空気が室内に漂う。
誰もかれもが、これから始まる冒険生活への期待に胸を弾ませ、内に抱いた不安に酒で蓋をする。酒の肴に話題に上がるのは、街に出没する子猫の噂。
そんな駆け出しの冒険者で埋め尽くされたテーブル席の一角に、私の姿もあった。
当時はヴェリナード魔法戦士団もガートラント聖騎士団も一般冒険者への門戸を開いておらず、私はいつか魔法戦士になることを夢見て、旅芸人として各大陸を旅している最中だった。
そんな私の耳に、何やら言い争う声が届いた。
「断るって、どういうことだよ!」
冒険者の一人が、痩身の男に詰め寄る。確か私と同じウェディだったはずだ。
「言っただろ。俺は回復役じゃあない」
その男は勇ましく槍を構え、いくつかの槍術の型を披露してみせた。
「俺はランサーだ。回復役が欲しいなら他をあたってくれ」
私はまじまじとその男を見つめた。
槍を使う職業といえば僧侶しかいない。回復役を拒否する僧侶など、初めて見る生き物だった。
彼を雇おうとしていた冒険者は肩をすくめ背を向けた。冷たい笑いが酒場中に伝染した。ランサーを名乗る男は憮然とした表情で周囲を見渡し、無言で酒場を出ていった。
アストルティアは広い。二度と会うこともないだろう。
だが今、私の耳に再び彼の声が届いた気がした。
ランサーとしての僧侶。
それは禍乱の竜の堅牢なる鱗を穿つ、一筋の光だった。