
ルネデリコのバトルルネッサンス。戦いはまだ続く。
熾烈を極める戦いの中で、禍乱の竜はついに切り札を放った。
凶相が瞑目し、何ごとかを念じると空気がおののくように激しく震えた。と、次の瞬間、虚空に亀裂が走り、その奥から巨大な隕石が現れた。
メテオストライク、あるいは破滅の流星と呼ばれる秘技である。空中遺跡を押しつぶさんばかりの圧力をもって巨大質量が迫る。私は必死で石畳を駆け、その衝突を免れた。
どうやらここからが本番らしい。
だが、しかし。
僧侶たちは動じなかった。それどころか、これまで以上に機能的に、理路整然と戦闘を進めていた。
私は思い出した。あの牙王との戦いを。酒場で雇った冒険者達は、破滅の流星を完璧に近い精度で見切ってみせたのだ。
そう、彼らにとってこの手の技の回避はお手の物。まるで予知能力でもあるかのように、落下地点が判明する前から安全地帯に逃げ込んでみせるのである。
そして流星を呼ぶために、巨竜本体はかなり長時間、動きを止める。僧侶たちにとって、それは体勢を立て直す絶好の機会だった。
はっきり言ってしまえば、敵が本気を出したことによって、戦況はそれまでよりも格段に安定した。空に瞬く破滅の星は、皮肉にも希望の星となって我々の頭上に輝いたのである。
巨竜の影がぐらりと傾く。敵に余力無し。このまま押し切れる。
そう思った、瞬間である。
槍を持つ僧侶の一人が、無造作な突きを放った。技とも呼べぬ力任せの一撃だ。
私はハッとしてランサーの表情を見た。余裕がない。滝のような汗。何が起きたのか、私は瞬時にして悟った。
迂闊! 私は彼の元に駆け寄った。
敵の対処に追われ、味方の魔法力が尽きたのに気付かないとは、魔法戦士失格である!
魔法力が無ければ陣への対処も蘇生も不可能。全てが覆る。
聖水の類は使えない。ルーレットもまだ発動できない。ここでパーティを救ったのは、既に過去の遺物となりかけていたあの技だった。
MPパサー。掌から魔力を放ち、私自身の魔法力を分け与える。効果は微小だが、ルーレットの発動まで、これで急場を凌ぐ。
邪神の宮殿以外ではもはや使うことも無いだろうと思っていた、かつての魔法戦士の代名詞がここで私を救ってくれたのである。
そして長い長い戦いの末、ランサーの最後の一撃が巨竜の心臓を貫いた。
禍乱の竜は狂おしい断末魔を響かせ、空に溶け込むように消滅していった。
死闘41分。
私は剣を杖代わりにして体を支え、一瞬前まで竜のいた場所と、今は虚空となった空間に槍を突き出した僧侶の姿を見つめ続けていた。
それは額縁に飾られ、一枚の絵となって私の前に浮かんでいた。
ルネデリコの新作、果敢なるランサーの勇姿を描いた一枚絵である。
「ま、新鮮な一枚にはなった、といったところかね。時間がかかりすぎたから、満点はやれんがねェ」
幻想画家は相変らずの尊大さで長いひげを扱いたが、彼の声は私の耳には届いていなかった。
代わりに誰かが、私の耳元に語りかけたような気がした。
「どうだい、俺は回復役じゃあなかっただろう?」
頬が緩むのを、私は止められなかった。
あの日、ランサーを名乗ったあの冒険者は、今頃どうしているだろう。
既に引退している可能性もある。槍を捨ててしまった可能性だってある。
だが願わくば、今もどこかで、己の道を模索していてほしいものだ。
黄昏の世界に風が吹く。
あの日、晴れやかなジュレットの街に吹いた潮風のひとかけらが、黄昏の世界を鮮やかに彩った。