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「本降りに なって出ていく 雨宿り ニャ」
ざあざあと雨が降る。窓から外を覗き込み、どこで覚えたのやらエルトナの古い歌を口ずさんだ猫は、湿った空気を鼻から吸い込むと、深くため息をついた。
「ホントに、お前のためにあるような言葉だニャー」
猫魔道のニャルベルトは猫目のジト目で私の左腰をじろりとにらんだ。
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翼飾りをあしらった独特の護拳と複雑なルーンを刻んだ鞘。カチリと鯉口を切ると、白い刃が雨垂れを映して揺らめく。
セイクリッドソード。鋭い斬撃と聖なる守護を併せ持つ聖剣……という謳い文句で売り出された新設計の片手剣である。戦姫のレイピアを長年愛用していた私にとって、かなり魅力的な一品と言えた。私は商人組合から届いたカタログを一目見て、購入を決定した。
……いや、購入「は」決定した……と言うべきか。
桶の底が抜けたような、激しい雨が屋根を打つ。
自らスーパースターを名乗る心の強い冒険者達が、ゴールドシャワーと称して金貨をばら撒くのを時折見かけるが、商人組合にとってはこの雨もゴールドシャワーに見えるに違いない。
新商品の発表は冒険者たちの財布の紐を緩め、ゴールドの洪水が取引市場を飲み込んだ。目の飛び出るような価格の商品がバザーに並び、それが瞬く間に売れていく。
私はといえば、この流れにのまれまいと財布の紐をきつく締め、値段の下がるのを待っていた。……はずだった。
「……で、結局高くニャってから買うんだから、どーしよーもニャいアホだニャ」
「それは違うぞニャルベルト」
私は速やかに訂正した。
値下がりを待つ私を嘲笑うかの如く、セイクリッドソードの価格は日々高騰していった。
昨日より今日、今日よりも明日。同じ性能の剣がじわじわと値上げされていくのを見て、私は歯噛みしたものだ。
そしてある日、出品者の希望価格が前日より下がっているのを見つけた私は、ここしかないとばかりに購入に踏み切った。
「……でも結局、初日より高かったニャー」
「それを言うな」
思えば、「モノの価値」が定まらない初日こそが良いものを安く買う最大のチャンスだった。会心率二つにパルプンテでガード性能を上乗せしたセイクリッドソードが、私でも手の届く価格で売られていたのだ。一瞬、手を伸ばしかけたが、もう少し様子を見ようとそれを引っ込めた。
結局、私が足踏みしている内に世間がその価値に気づき、今や価格は一千万を超えた。もう逆立ちしても手が出せない。
後悔先に立たず。どうも、私には商売の才能が無いらしい。
「っていうか、優柔不断なくせに気が短いのが致命的だニャ」
ばっさりと猫が切り捨てた。
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「買う時は即購入! 待つ時は徹底的に待つ! もう少し待てば、同じのが30万も安く手に入ったニャ!」
ええい、したり顔で正論ばかりを言ってくれる! まったく、誰に似たんだ?
「だいたい……」
猫の爪が剣の鞘をツンとつついた。
「錬金度0.1%しか違わニャいのに、80万も高い方を買うニャんて、どうかしてるニャ」
これもまた正論である。ほぼ同じ性能の剣がもっと安く売っていた。
だがな、猫よ。その0.1%が、錬金石で鍛えられない壁なのだ。いわゆる超大成功。人はそこに価値を見出す。
「……で、その0.1%で何が変わるのニャ?」
「………」
「それで勝てニャい奴に勝てるようにニャるんか?」
いちいち痛いところをつく猫である。
それを言いだしたら、そもそも戦姫のレイピアから買い替える必要自体が無い。戦姫のレイピアで勝てない相手にはセイクリッドソードでも勝てないし、セイクリッドソードで勝てる相手なら戦姫のレイピアでも勝てる。性能差など、誤差の範囲だ。
「……じゃあ何のために大金はたいて買い替えるんニャ?」
……猫よ。それは全ての冒険者にとって永遠の問題だ。
しとしとと雨が降る。
呆れたような猫の鳴き声が、雨音に混じって長く響くのだった。