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オーグリード大陸を南北に分断するランドン山脈の中腹。寒さと雪景色に適応して白く長い毛を生やしたイエティが闊歩し、スノーモンがフワフワと浮かぶ雪山に、異様な熱気を放つ小さな洞穴がある。
人呼んで邪神の宮殿。月に二度、冒険者達はここに集い、管理者たる魔封剣姫の用意した戦いに挑む。
本来、ここに封じられた邪神を鎮めるための戦いなのだが、冒険者達もそろそろ本来の目的を忘れた頃だろう。すっかり恒例行事になってしまった。
そんな邪神の眷属との戦いだが、今回、剣姫殿が用意した条件は一風変わったものだった。
[魔法戦士のみで敵に挑め。使用武器は弓に限定する]
冒険者達はどよめき顔を見合わせた。ランドンに降るの雪のように白い魔封剣姫の顔が、その光景を静かに見つめていた。
認めたくはないことだが、近年、我々魔法戦士を取り巻く状況は良いとは言えない。専売特許であったバイキルトもライバルたちがそれを上回る技を習得し、今や過去の栄光だ。
加えて弓という武器もなかなか日の目を浴びることのない武器である。昔に比べればかなり改善されたが、それでも両手剣をはじめとする冒険者たちの主力武器に比べれば地味な存在である。
そんな魔法戦士と弓だけで強敵に挑めと言うのだから、不満をぶつける冒険者も一人や二人ではなかった。剣姫殿は白いポーカーフェイスでそれを受け流す。無理強いはしない、出来る者だけがやればいい、と。
そして憮然とした顔の冒険者を尻目に、無言で先陣を切る者達がいる。
彼らの顔には決まって奇妙な……そして凶暴な笑みが浮かんでいた。
彼らはどんな条件であろうと全ての戦いに勝利しなければ気が済まない完璧主義者、あるいは無茶な戦いだからこそ率先して挑んでやろうという物好きな挑戦者であり、いずれも独特の矜持を持つ。
彼らにとって魔封剣姫の発言は一種の挑発だった。そして彼らは不敵な笑みと共にその挑発に応じたのである。
私もまた、そんなもの好きの一人だった。
「俺達を試そうってんだろ」
冒険者の一人が愚痴るようにつぶやいた。
試し、か。
「誰を?」
「だから俺達、だろ?」
俺達、か。
共に戦陣に加わる冒険者が集うまで、私はしばし思案にふけった。
俺達、とはこれから結成される同盟軍を指すのか?
振り向けば彼方に映る剣姫殿の瞳は、もっと遠くを見つめているように見えた。個ではなく、また一単位の集団でもない。
そう、これは実験だ。全ての冒険者の中から、この条件に挑戦する者はどれだけいるのか。そしてその勝率は。統計を取り、見極める。魔法戦士と弓使いの現在を。
そして、その結果次第では……。
……神々は我々冒険者全体を俯瞰する視点から観察し、適切な導きを与えるとされている。道具使いが現れて我々魔法戦士がその立場を脅かされた時、フォースブレイクという救いが与えられたように。
これがそのための実験の一環だとしたら……
ふむ、と私は首をかしげた。
つまるところ、頑張りすぎは自分の首を絞めるのか? 魔法戦士も弓も今の力で十分、と思われてしまうとそれはそれで困るのだが……。
とはいえ、見知らぬ冒険者と同盟を組む以上、手を抜くわけにもいかない。第一、私だって負けず嫌いな冒険者の一人である。やるからには勝ちたい。
剣姫殿の特徴的なルージュの端が、小さく吊り上がったように見えた。計算高い神々のことだ。冒険者のこういう気質も考慮済みに違いない。我々は掌の上の猿か、はたまた、まな板の上の鯉か。
まあいい。料理は任せるとしよう。私は目の前の敵を撃つのみだ。
同盟を組むべき8人の冒険者の準備が整い、我々の身体が光に包まれる。かくして戦端は開かれ、魔法戦士達は弓を引き絞った。
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苦しい戦いとなったことは言うまでもない。だが闘士達はくじけずに抗い続け、最後はフォースブレイクからのマダンテ3連発という魔法戦士らしい決め技で勝利を手にすることができた。
全ては魔法戦士の意地と誇り、そして惜しみなく投入された世界樹の葉と雫の賜物である。……後者の方が、やや比重が高いか。
「……で、いかがでしたかな。我々の戦いぶりは」
「ン。見事であった」
剣姫殿は言葉少なに頷くのみだった。
果たして彼女は我々の戦いに何を見てどんな決断を下すのか。その答えを我々が知るのは、恐らく次の時代になるだろう。
「次は武闘家と爪だけで挑めとか……そんな条件になりますかな?」
「さて、な。全ては奴らの出方次第だ」
魔封剣姫は闇の果てを見通す瞳で彼方を一瞥した。彼女には既に次の時代が見え始めているに……違いない。
私は同じ方向に目を凝らした。
だがそこには光と闇がない交ぜになった、混沌の気流が映るのみだった。