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発光苔と宙を舞う胞子の淡い輝きが、地の底を神秘的な青に染め上げる。カーラモーラは巨大な地下空洞に作られた村である。
毒花に囲まれた、太陽を知らない村。時折訪れる「月」の輝きとお互いの肌に触れる時にだけぬくもりを抱く。ここはそんな場所だ。
久しぶりに闇の領界を訪れた私はここである仕事を請け負い、それを今、やり終えたところだった。
差し出された温かい茶をゆっくりと味わう。窓の外では淡く輝くトビホネウオが発光苔の間を軽やかに泳ぐのが見えた。
私の隣に座る竜族の若者たちもそれぞれに飲み物を手に取った。青い鎧に身を包む彼らは私の同行者であり、同盟者でもある。彼らについては、追って説明するとしよう。
「そうか……」
報告を聞いたカイラム村長は感慨深げに瞳を閉じ、深くうなずいた。彼が今回の依頼主だ。
かつて探索者として闇の領界を旅したというだけあって、精悍な顔つきである。痩せこけた頬と口元を覆う白い髭が彼の積み重ねてきた年月を物語っていたが、ゆっくりと開かれた瞳はまだ輝きを失っていない。……いや、輝きを取り戻した、というべきか。
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「無茶なことを頼んですまなかったな。何しろ他に頼める者がいなくてな」
「お安い御用です」
カイラム村長の頼みとは一通の手紙を、ある危険な場所に届けてほしい、というものだった。
その依頼を通じて、私は若きカイラム青年の探索行と、その結末……一つの選択と、選ばれなかった道、そして決断と後悔の物語に触れた。
茶を啜る。かすかな苦みが舌をさす。
未来を信じ、危険を冒してでも前に進もうとした若い情熱。だが、降りかかる雨。突然背負わされた村長という名の重責に火種は湿り、炎はかき消えた。
「所詮は臆病者だったのだよ」
自嘲するカイラム村長の胸の内にしかし、炎はくすぶり続けていたのだろう。内なる炎に焼き焦がされながらも村長としてひたすらに慎重策に徹し続けてきた彼を、誰が笑えようか。
私はもう一口、手元の茶を啜った。確かな熱が喉を通り過ぎていった。
正解などない問いに悩みながら答え、選ばなかったものを切り捨てて生きていく。それが神ならぬ身の切なさである。
いや、神々自身とて……。
私はカーラモーラの崖の彼方、地表より逆向きにそびえる聖塔を仰ぎ見た。
かの地に残された問いかけと、その裏に垣間見える苦悩が地神ワギの本質であるなら、この年老いた竜族もまた、ワギと共に悩み続けた男なのかもしれなかった。
「だが、今は晴れ晴れとした気分だ」
カイラム村長も私と同じく窓を覗き込んでいた。だが、私のように地表を見上げることはもうしなかった。視線を追うと、愛用の手帳を片手にあちこちを調べて回る利発そうな少年の姿があった。
我、彼の地を目指す。もう一つの楽園を。
目指すべき場所がようやく定まった今、迷うべきことは何もない。老いた村長の顔には、そう書いてあった。
「思えば随分、遠回りをしたものだ」
「最短距離に毒の沼地があれば、迂回は必要な手間でしょう」
「ふむ……まあ、そういうことにしておこう」
苦笑いして、村長は茶を喉に流し込んだ。渇いた喉の奥で、ごくりと大きな音がした。
蒼光はただ静かに、カーラモーラを照らしていた。