「ところで」
と、私は余韻を断ち切るように次の話を始めた。
「エジャルナからの支援物資に不足はありませんか?」
カイラム村長もすぐに事務的な表情に戻る。
「お陰様で、今のところは十分だよ」
「それは……何よりです」
気まずさから軽く目をそらす。村長は私をナドラガ教団の使者とでも思っているに違いない。だが、事実は逆なのだ。
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水の領界での事件によりナドラガ教団と"解放者"の関係は一転し、我々魔法戦士団も聖都エジャルナでの活動を制限されることとなった。
そこでヴェリナードが目を付けたのがナドラガンド第二の勢力と呼ぶべきルシュカのカシャル教団だった。
女王陛下は親書にて同盟を提案し、巫女フィナもこれを快諾した。両者に縁のあるヒューザの存在が仲立ちとなったことは言うまでもないだろう。
我々魔法戦士団も青の騎士団と手を組み、ルシュカを拠点に各地の調査を行うこととなった。
つまり私は今、ナドラガンド各地を探索しつつ、ナドラガ教団の動向を探っているのである。
青い鎧の竜族……青の騎士団所属のオンネ氏に促され、私は村長に別れを告げた。
外に出るや、青の騎士たちは揃ってパイプ状の物体を口にあてた。
何もここで一服しようというわけではない。これは巫女フィナが彼らに与えた"お守り"……海底都市ルシュカに空気をもたらす神秘の珊瑚を加工した、携帯用呼吸器である。
もちろん竜族は元々地上に住む民族である。これが無ければ呼吸ができないということは無いのだが、今、騎士達を包んでいるのは、初めて触れる外界の空気。まして毒の霧が充満する闇の領界のそれである。
肉体的にはともかく、心理的にこれぐらいの備えは要るのである。
「ま、いざとなったら解毒薬は十分だという話だ。エジャルナからの支援で、な」
薬屋を覗けば、村長の言葉が嘘でないことはすぐわかった。解放者と決別したナドラガ教団だが、他の領界への支援を打ち切るつもりはないようだ。
竜族の解放を掲げる彼らの看板に偽りは無しといったところか。
「少なくとも今のところは、ですね」
「フム……」
オンネ氏は慎重な態度を崩さない。
ルシュカの民にとって、突如聖塔を占拠したナドラガ教団は侵略者そのものなのだ。
「さらなる調査が必要だな」
「何の調査?」
と、背後からの声に振り返ると、そこには空白。少し視線を下げたところで利発そうな瞳と出くわした。
「サジェか」
見知った顔だった。やや緑がかった金髪が小さく揺れる。きらりと光る丸眼鏡は好奇心と探求心のあらわれだ。小さな手には大きすぎる革張りの手帳が、やけに目立つ。
彼はこの村に住む少年で、かの"楽園"を巡る探索の主役を務めた人物でもある。
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「また何か調べてるの?」
「ま、仕事でな」
「ふうん……」
見上げる視線が細く、鋭い輝きを放った。丸眼鏡の奥の大きな瞳が、謎の匂いを嗅ぎつけたのだ。
私は少年のこういう好奇心が嫌いではない。
とはいえ、教団同士のきな臭い探り合いなどに彼を巻き込むのも憚られる。
「お前の方こそ、何か調べものか?」
私は少年の手帳を指さして、話題をそらした。
「いや……これは無くしてたのが戻ってきたから、嬉しくて持ち歩いてるだけなんだけどね」
少年は手帳と顔を見合わせるようにして、頭を掻いた。
「ただ、そのうち、あちこち調べて回らなきゃいけないかもしれないんだ」
「ほう……?」
「それでね」
少年が大きく眼鏡を持ち上げる。
「できれば助手が欲しいと思ってるんだ」
「助手か」
笑いをこらえるのには多少の努力が必要だった。あどけない少年が、まるで学者のような台詞を口にしたものだ。
しかしここで笑おうものなら繊細な少年はたちまちにへそを曲げて会話を打ち切ってしまうに違いない。真面目な顔を保たねばならない。
「その時は手を貸してくれるかな」
「どうだろうな。私も忙しいからな……」
「いや、ミラージュよりジスカルドに期待してるんだけどね」
少年は肩をすくめた。キラーマシーンのジスカルドは私の友人で、機械好きのサジェ少年は彼がお気に入りだった。
確かに彼ならば護衛としても助手としても理想的である。
「わかった、伝えておこう」
「頼むよ」
少年とロボットの探索行。何を調べるのか知らないが、ちょっとした滑稽劇が期待できそうである。
ジスカルドからの調査報告に期待しておくとしよう。