「ダメじゃないか!」
私がその家を訪ねると、いきなりの怒声が耳ヒレを打った。
一瞬、身をすくめたが、怒りの矛先はもちろん、私ではない。それにしかめっ面で腕を組んだ男の顔を見る限り、怒るというよりは叱るという言葉の方がふさわしいようだ。
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あの後、サジェは私にもう一つ、頼みごとをした。
彼が無くした手帳を見つけるのに私の相棒、リルリラが一役買ったらしく、礼を言っておいてくれ、というのだ。
「直接言えばいいだろう?」
当たり前の答えを返すと、少年は少々気まずそうに眼をそらした。
「ミルテのところにいるらしくって」
「ミルテ?」
「バジューの妹だよ」
「気まずいわけだ」
私は意地の悪い笑みを浮かべた。
「別に……嫌いなわけじゃないけど」
サジェは目をそらした。
バジューはサジェにとっては兄のような存在である。そして、保護者と距離を置きたい時期というのが少年にはあるものなのだ。
「わかった、伝えておこう」
と、いうわけで彼の入れを訪ねてみれば何やら取り込み中というわけだ。
お説教にかしこまる少女は、サジェの言っていたバジューの妹、ミルテだろう。リルリラはその後ろをそっと抜けて私に合流し、事の次第を説明してくれた。
サジェとバジューの間を取り持とうと奔走する少女の、健気な空回り。
それは心温まる物語だった。
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「……それでも、嘘は嘘だぞ」
バジューのお説教はまだ続いていた。
「しかも人様をまきこんで!」
彼らしい叱り方だった。
サジェに対してもそうだが、彼はあくまで大人として子供たちに接している。
恐らく、気持ちの上では彼も、自分とサジェを思う妹のいじらしさに感じ入っているのだろう。だがそれはそれ。大人として叱るべきところは叱らねばならない。
一見すると粗野でがさつだが、彼はそういうことを分かっている男なのである。
「いや、別に当たり前のことをやってるだけだぜ?」
のちに彼はそう言った。
その通りだろう。
そして、当たり前のことを当たり前にやっている人物は人として信頼できる。
己を殺し、立場故の責任を全うし続けた村長といい、このバジューといい。サジェの周りには良い大人が揃っているように思う。そしてサジェは気難しいが、優れた資質を持った少年である。
闇に包まれたカーラモーラの未来は案外、明るいのではないか。
暗い大地から生まれた胞子が気流に乗って闇を照らし、毒花に囲まれた村に青く輝く花を咲かせる。
私の任務とは関係ないが、報告書の片隅にでも残しておきたい出来事だった。