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何の未練か、この世に留まり続けた海賊たち。頭蓋骨の正面に暗くぽっかりと開いた双眸は、その内側に奇妙な熱を秘めたまま多くを語ろうとしなかった。
だがここで引き下がっては、ようやくつかんだ手がかりも海の藻屑と砕け、我々の努力も泡沫の夢と消える。
何度かの取引の末、我々は過去に起きた事件のあらましと、盗まれた財宝の在り処を突き止めることに成功した。
……するや否や、私は大きく肩をすくめる羽目になった。
口元からは白けた空気が泡となって抜けていく。
なんとも、大それた話ではないか。女神を盗む、とは。
私は海賊船の窓から女神像を見上げ、嘆息した。
戦乱の時代、士気高揚のためアストルティアより持ち込まれた女神像。その女神像に一目ぼれした海賊。
文字通り命がけで像を盗み出した挙句、船は重さに耐えきれず沈没、今に至る。
私はかつてこの海を訪れた際にあの女神像を発見し、アストルティアの神々に分割管理される以前の古代ナドラガンドにも、5種族神を崇める風習があったのか……などと思っていたのだが……成程、こういう事情があったわけだ。
言われてみればあの神像のあるほこら自体、沈没した木造船の一部のようではあった。
しかし像の沈んだ海が、後にマリーヌ神の管理する水の領界となり、女神像が神獣カシャルの憩いの場になろうとは、神々とて予想し得なかったに違いない。
一人の男の恋心が生んだ奇妙な縁とでも言おうか。
「まあ、マリーヌ神の美しさの前には、海面にきらめく飛沫とて恥じ入って海に潜るというからな」
我らが種族神の美しさは竜族にも伝わったらしい。
「それに、デカいしな」
「は……?」
故・マゼラ船長の頭蓋骨が奇妙な言葉を発したのを、私は訝しく見つめた。
「こんなでっかい女、初めてだったぜ」
……どうも、話がかみ合わない。
「嗚呼、マリーヌたん!」
「たん?」
「素敵だ! 巨大だ! マリーヌたん! これからも俺はマリーヌたんを守り続けるぜ!」
閉口。
沈黙。
熟考。
どうも、私が考えるほどロマンチックな話ではなさそうである。
「嗚呼、デカい女っていいよなぁ……。彼女にずっと見下ろされていたい……!」
この男、少々倒錯した趣味があるのではないか。私は表情を押さえるのに苦労した。
「お前もそう思うだろ!?」
「……今度、いい女性を紹介しよう」
「……名前は?」
「トロルスイーツ」
きっと似合いのカップルになるだろう。
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……こうして、我々の探索はひとまずの幕を閉じた。
なんとも呆れた男ではあるが、マゼラ氏やその部下達は古代ナドラガンドや竜族とアストルティアの大戦を知る重要人物である。
是非また話を伺いたいものである。
彼らの頭蓋骨の中身が空っぽでなければ、の話だが。
さて、マゼラ氏の子孫筋にあたるルシュカのブルグ氏だが……
「自分にとって本当に大切なものの価値というのは、他人にはわかりませんからね」
血は争えないというべきか、この話を聞いていたく感銘を受けた様子だった。
「私にとっては妻がそれですから……なんてね」
胃もたれを起こしそうなセリフが飛び出した。どうやら少々愛の深すぎる一族らしい。ニャルベルトに爆裂呪文の心得が無くて幸いである。
なお、ブルグ氏の細君は特別大柄な女性ではなかったことを付け加えておく。
ま、彼の中では何よりも巨大な存在なのだろうが……いや、よそう。胸やけがする。
海底都市の空気は深呼吸をするには息苦しく、私とニャルベルトはしばらくそこでもがき続ける羽目になった。
遠くでは神秘の珊瑚が懸命に空気を送り込む。
リルリラは鼻歌を歌いながら珊瑚の表面を磨いていた。