一旦、倉庫に積み荷を降ろした後、夜を待って作戦は決行された。
雑務を装って倉庫と部屋を行き来し、荷物の中に紛れた密会者を入場させる。
夜なお熱く下界を照らすエジャルナの空は侵入者には厄介な代物だったが、この日は珍しく霧が出ていた。
我々にとっては恵みの霧だ。
私の雇い主が仕える"尊いお方"は、この霧の奥で、彼女の待ち人を今や遅しと待ちわびているはずである。
私は部屋の外で雇い主の雑務を手伝うふりをして見張りを続ける。
かちゃりとドアを回す音がする。窓から見える細いシルエットがぴくりと跳ね、一瞬、硬直した。

見張り役を演じながら聞き耳を立てる私の人相は、若干悪役じみて歪んでいたかもしれなかった。
既に夜を待つまでの間、私は神殿内の噂話に耳を傾け、少なからぬ情報を入手している。
これにこの密談の内容を加えれば、かなり充実した報告書を本国に送れるだろう。
あるいは、雇い主を騙した形になるかもしれないが、これも仕事の内である。耳ヒレが固く尖り、硬質な空気を身体の奥に送り込む。
やがて窓に映る影が一つ増え、二つが静かに重なる。
……と、霧の中に甘い空気が混じり始めた。
「嗚呼……夢の中でなら、あなたにお会いできるのですね」
そしてしばらくの時が流れる。
はじめ、ピンと張っていた耳ヒレは次第に力を失い、しまいにはふにゃりとだらしなく垂れていった。
結論から言えば、二人の会話は教団とも解放者とも関係のない、きわめて私的なものだった。
……つまり、そういうことである。
白い霧にため息が混ざる。
出庭亀趣味でもあるまいし、何の因果で他人のロマンスに聞き耳を立てなばならんのか。
それでも、どこかに重要な情報が紛れているのではないか……と辛抱強く言葉を拾っていったのだが、わかったことといえば密会者の目的が彼女にぬいぐるみを贈ることだった、ということぐらいである。
まったく、面白くもない。こうなったら、事細かに報告書に載せてやろうか……
欠伸を噛み殺した私の視界の中で影が白み、曖昧に揺れた。
目を擦る。どうも霧が深い。我々にとっては好都合だが、それにしても濃すぎるのではないか。
……と、頭上を何かが横切った。
鳥だろうか。赤と緑のシルエット。見えたのはそれだけだ。ウェナ諸島の奥地に生息する"煉獄鳥"があんな色合いだったか。
だが、エジャルナの周囲にそんな鳥がいたか?
目を凝らしても、もう何も見えない。白くぼやけていく。
……霧が濃い!
奇妙な脂汗が背ビレを濡らした。