切り立った岩山を覆う霧のような白雲を風が払い、現れた影が雷光に瞬く。竜の大陸ナドラガンドは嵐の領界、旋風渦巻く迅雷の荒野に、黄金の色に染まった二匹の竜が静かに対峙していた。
一つは巨岩と見まごうほどの堂々たる体躯。一つは、風が吹けば転がり落ちそうな小さな影。だが仔竜は一歩も引かず、鋭い視線を巨竜へと突き刺していた。
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古来より、竜は人の憧れである。恐怖の象徴であると同時に力の象徴、そして幻想と冒険の象徴だった。
それが夜空に浮かぶ月のように美しい金色の輝きを放っていれば、もはや神々しさすら感じずにはいられない。
数々の伝承、伝説、冒険の叙事詩が黄金の竜を歌い上げてきた。
はるか南の彼方、「呪われた島」の戦記においては「金鱗の竜王」の異名で知られるエンシェントドラゴンが竜騎士の国の守護神であり続けた。
自由とロマンを掲げる異世界のサーガでは、神々の最終試練において光の左手剣を求める英雄たちの前に立ちふさがったのが、巨大なゴールドドラゴンだった。
人と自然の調停者として働くハンターたちの物語にも、希少種と呼ばれる美しい金火竜が度々登場する。
のちに勇者と呼ばれることになる青年とその仲間たちを魔王の城へ運んだ飛竜や、天空を総べる竜の神も金色の鱗を持っていた。
そして今、我々の目の前に現れたグレイトドラゴンもまた、伝説に語られる金竜の一種である。
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伝説の魔物使い、グランバニア王の物語において、幼年期を彼と共に過ごしたドラゴンキッズのコドランは、一説によれば戦乱の中で一度彼の元を離れ、後に強大なグレイトドラゴンへと成長して再び彼の元に駆け付けたのだという。
岩肌に小さな爪を食いこませ、グレイトドラゴンを見上げるソーラドーラは、そんな伝承は知るまい。だが自分と同じ金色の鱗を持つ巨大な竜と出会ったとき、彼は挑まずにはいられなかった。今の自分がどこまで通用するのか、試さずにはいられなかったに違いない。
オルファの丘から魔物使いに配達される季刊・魔物通信によれば、グレイトドラゴンは「ドラゴンキッズに聞いた、なりたいドラゴン25年連続ナンバーワン」……だ、そうである。
どうやって統計を取ったのか、25年も前から取り続けたのか、そのあたりの事情は非常に気になるが、それはさておき……
ソーラドーラの挑戦を、私も見届けてやらねばなるまい。
手出し無用。
もう一匹のドラゴンキッズ、ルナルドーラは兄弟分の後ろに静かに歩みより、促すように一声、鳴いた。
それが合図となった。
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ソーラドーラは正面から猪突猛進する。無謀とも思えるその突撃を嘲笑うかのように巨竜はひらりと身をかわす。巨体に見合わぬ身軽さで真上に飛び退き、仔竜の突進を捌いてみせた。
ドラゴンキッズはグレイトドラゴンを追うように地を蹴った。飛び上がり、つむじ風のように鋭く爪を振り回す。だが一歩届かぬ!
身を翻し、仔竜の背後に着地した巨竜が尻尾をひと薙ぎ、ソーラドーラの小さな身体が跳ね飛ばされた。続けて大きく息を吸い込むと、輝く吐息を勢いよく吐き出す。閃光が仔竜を覆い、岩肌が純白に染まる。
その純白から、黄金が飛び出した。
さしものグレイトドラゴンが眼を見開く。金色の弾丸が白い霧を引き裂く。再び突撃するドラゴンキッズの小さな身体が巨竜の顎を強かに打った。起死回生! 一気呵成に爪を振るう……
……だが、そこまでだった。
ドラゴンキッズの猛攻をまともに浴びたグレイトドラゴンは、それでもほんの一歩、たじろいだに過ぎなかった。さらなる追撃を仕掛ける仔竜に巨体をぶつけ、あっさりとはじき返す。体格差は明らかだ。
ソーラドーラは痺れる体に鞭打って起き上がり、低く唸る。背中の翼が小刻みに震えていた。
グレイトドラゴンはそれを静かに見下ろしていた。
そして、やがて小さく息を吐いた。硬くこわばっていた筋肉が弛緩しする。と、同時に空気さえも弛緩した。誰が見ても明らかなほど、彼は臨戦態勢を解除したのである。
ドラゴンキッズはまだ、構えを解かない。
巨竜はそのままゆっくりと背を向け、地響きを上げて歩み去っていった。
目の前の侵入者が自分の脅威たり得ないことを確認し、満足したのか。あるいは……。
ルナルドーラが兄弟分の隣にそっと歩み寄り、頬を擦りつけた。ソーラドーラはまだ構えを解かないまま、小さく吠えた。
私はその背中を軽く撫でてやった。
風が雲を払えば、目的の塔は目の前だった。