門をくぐると同時に、我々はこの城壁が何のために作られたのかを知ることになった。
どす黒い霧のような空気が周囲を漂い、刺すような刺激が目や鼻に襲い掛かる。
我々は慌てて手ぬぐいで顔を覆った。
街に吹き付ける風……業風に含まれた毒素が城壁に遮られてここに滞留し、ゆっくりと大地を腐らせているのだろう。
逃げるように門を離れ、霧が晴れると再びの雷鳴が我々を出迎えた。毒に適応し、黒ずんだ肌を持つ獣たちの姿が浮かび上がる。枯れ果てた木々をなおも嬲る業風は枝を揺らすには飽き足らず、その幹ごと大地から引きはがそうするかのようだった。
禍ツ風の原。と、エルフのリルリラは呟いた。
盗賊の提案により、我々は高原全体の地形を確認するため、南東の山岳地帯を目指すことにした。
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切り立った崖を繋ぐ橋はとうの昔に崩れ落ちていたが、二つの陸地が完全に切り離されたわけではない。勇気と想像力を無くした者には、それを繋ぐものが見えないだけだ。
勇者は常に困難を飛び越していく。風に乗って、軽やかに。
我々にはそういう力は無かったが、偉大なるエルドナ神はそんな小さな存在にも慈悲深く手を差し伸べてくれた。
気流がミカヅチマルの馬体を包むと我々は上空へと打ち上げられ、気づけば崖を飛び越していた。風に乗って、軽やかに。
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山頂。
禍々しく黒い翼を広げたダークオルニスの羽音は不吉の象徴として知られているが、彼らにとっては我々の足音の方が余程不吉なものだったようだ。
黒羽を散らし逃げ去った黒翼鳥の群れを尻目に我々は山岳を踏破し、山頂から景色を見下ろした。
天ツ風の原全体を見渡す光景がそこに広がっていた。
この土地の名付け親がよほどのひねくれ者でない限り、かつては神の恵みと威厳を感じられる美しい高原だったのだろう。
だが今はその面影も無く、大地を走る川のような紫毒の汚泥が、緑の高原を蹂躙していた。
空には黄砂のような業風が流れ、彼方には雷鳴がとどろく。
西に目をやれば、無人の町を健気に守り続けるムストの城壁と、遠い聖塔の影が見えた。
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北には、もはや間近に迫った翼の像が頭上にそびえ立つ。
そして北西には、そこだけ奇妙に美しさを保つ青々とした森林地帯が広がっていた。
我々は景色を地図にまとめ、次に向かうべき地点を話し合った。
天気がもう少し穏やかなら、楽しいハイキングになっただろうに、とリルリラが冗談交じりに呟いた。