突然、雲が空を覆ったかのように、影が我々を包んだ。
低いうなり声を上げて、白い何かが頭上を通り過ぎていく。それが竜の翼だとわかった時、その影は烈風の岬を超え、ナドラガの浮遊島へと差し掛かったところだった。
エルフのリルリラが竜の背を指さして声を上げた。フードをかぶった兵士達に取り囲まれ、ひときわ異彩を放つ華奢な少女の姿がある。
風になびく羽衣。
私は絶句した。
あれこそまさに、行方不明になっていた風乗りの少女ではないか!?
何故ここに彼女が。そしてあの兵士達が着込んだ鎧は明らかに……ナドラガ教団のものではないか!
浮足立つ冒険者達の中で、最も小さな身体を持つ者たちが真っ先に行動を起こした。
ドラゴンキッズのソーラドーラとルナルドーラは彼らの使える唯一の呪文、コドラゴラムの魔力を解き放ち、巨大な飛竜へとその姿を変化させるや否や、白竜を追って空へと飛び立ったのである。
私とリルリラはとっさにそれぞれの背中に飛び乗る。盗賊はミカヅチマルと共にその背中を見送る形となった。

業風吹き荒れる空に、三頭の竜が翼を広げる。
二頭の飛竜は風に流されそうな体を必死で上昇させる。
白竜は美しい翼を羽ばたかせ、風をものともせずに飛ぶ。やがて、その巨体に反して小さく切れ長の瞳が我々を一瞥した。逆巻く長毛の間に知性の光が輝く。
竜は……そしてその背に乗る兵士達は……追撃者の姿に気づいたようだ。
すかさず兵士たちが口々に呪文を唱え、火球の群れを投げかける。それが開戦の合図となった。
二匹の飛竜は左右に分かれて火の玉を回避した。
咆哮が空を揺らす。ソーラドーラは鋭く白竜の背を睨みつけた。
だが、先のグレイトドラゴンとの戦いで彼がこの姿に変化しなかったのには理由がある。いまだ仔竜に過ぎない彼の身体には、この変化は負担が大きすぎるのである。
火を噴くことすらできず、得意の爪を振るおうものならば途端に失速し、墜落するだろう。
だから彼の爪となり牙となるのは私の役目だった。
サジタリウスの弓に大型の矢をつがえ、白の翼へと四連射する。空を渦巻く業風は矢の直進を大いに妨げたが、大型弾の強みか、狙い過たず翼に届く。
矢じりは巨大な翼膜をわずかに傷つけたに過ぎなかったが、竜はそれが気に障ったらしい。雲を引き裂いて大きく旋回し、巨大なアギトを我々に向けた。噛み砕く牙を急降下で避けると真上に一射。竜の腹に矢が突き刺さった。
怒号が雲を吹き飛ばす。口から黒煙をまき散らし、竜は我々に追いすがった。竜の背からは再びの火球。何発かは直撃し、ソーラドーラの鱗を焦がした。揺れる視界の中で背後へ向けて弓を射る。が、さすがに牽制以上の効果はない。やがて竜の口から火球とは比べ物にならない炎の帯が伸びると、我々はもはや防戦一方だった。
白竜の口から伸びた炎の舌が空を舐め、飛竜の身体をからめとろうと迫る。炎が肉薄するたびに、私の身体は悲鳴を上げた。
その痛みが突然、和らぐ。交差するように旋回したもう一頭の竜から、緑色の光が伸び、私の身体を包んだ。リルリラの回復呪文である。そのままかく乱するように真横を通り過ぎたルナルドーラに白竜は一瞬、気を取られたようだ。
その隙をソーラドーラは逃さなかった。鋭く宙がえりを決め、飛竜の翼が雲を引く。白竜の尻尾にかみつかんばかりに迫り、追う側へと態勢を入れ替える。視界が開けた。白竜の巨体が気流を遮る盾となる。私は狙いを定め弓を引いた。一つ、二つ……六連射!
さしもの白竜が身をよじらせた。飛竜の翼がその背に迫る。あわよくば、すれ違いざまに風乗りの少女を奪還しようという算段である。
その時だった。
耳をつんざく業風の合間に、高い金属音が鳴り渡った。
それは小さく、しかし確かに、轟音をかき分けて響いた。
鈴の音……。一瞬の困惑。
次の瞬間、白竜は弾けるように翼を広げ、激しい雄たけびをあげた。風さえもたじろぐような絶叫が空を支配する。竜の瞳は赤黒く濁った光を宿し、薄桃色に染まった羽が宙に舞う。空気が渦を巻き、狂乱の旋風が巻き起こる。
視界が激しくかき乱される。衝撃が私の身体を突き抜け、ソーラドーラの翼を絡めとった。
そして急激に風が凪ぐ。と、眩暈がするような感覚と共に竜の身体が空中に静止する。それは一瞬の出来事だった。
その一瞬が勝敗を決した。
白竜の尾が鞭のようにしなり、ソーラドーラを迎撃する。束縛を逃れたソーラドーラが必死に翼を広げたが、吹き荒れる業風がそれを許さなかった。
竜の身体が風に弾かれ、墜落する。回転する視界の中で、私の頭の中は真っ白に染まっていった。