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甲高い物音が頭の中に響いた。鉄と鉄を打ち合わせたような、硬質な音だ。
頭の中にこだまするその金属音が頭痛に変わった時、私は地肌に寝そべった自分を発見した。辺りは薄暗い、天井は岩肌で、流れ落ちる細かい砂と共に僅かな光が岩の隙間から漏れていた。
洞窟だろうか? 何故私はここにいる?
上体を起こし、痛む身体から土を払うと、混乱した頭から徐々に霧が晴れていく。
業風、白竜、空戦、そして……
意識が覚醒すると同時に、私は跳び起き、戦友の名を呼んだ。返事はすぐにあった。ドラゴンキッズの姿に戻ったソーラドーラは私の傍らで小さく呻き、背を丸めていた。
傷ついた鱗からはかなりのダメージが見て取れるが、致命傷ではなさそうだ。そういえば、私自身も傷は浅い。
私は改めて頭上を見上げた。頭上から差す光、崩れた土砂の群れ。
どうやら我々は地質の柔らかい場所に墜落し、そのまま地下洞窟まで落ちてきたらしい。崩れた岩盤が緩衝材の役目を果たしたのだ。
ほっと一息つきつつ、杖を取り出し、私は仔竜の手当てを行った。僧侶の使う癒しの呪文には遠く及ばないが、応急処置にはなる。
僧侶……。
私はもう一人の相棒を思い出す。彼女は無事だろうか。
最悪の想像が一瞬、頭によぎったが、エルフのリルリラは闘争心溢れるタイプではない。我々の敗北を目の当たりにして、なおも果敢に敵に向かっていく姿は想像しづらかった。
恐らく逃げおおせただろう。そう信じるしかない。
ライトフォースの理力が杖の先に光を灯し、暗い洞窟の壁面を照らした。ソーラドーラが目を覚ますまでの間、周囲の安全ぐらいは確認しておかなければならない。
ここが自然の洞窟でないことはすぐにわかった。壁のところどころには松明が設置され、粗削りながらも通路は整えられている。使い古されたツルハシや、地面を走るトロッコ用の線路さえあった。
間違いなく、坑道である。よく見れば岩肌に混ざって金属質の輝きが闇を照らしている。これは、ナドラダイト鉱石ではないか。
おそらくはムストの住民が築き上げたものだろう。大がかりな鉱山だ。ここで採掘された鉱石は街の発展を大いに支えていたに違いない。
だが、地肌の匂いに混じる異臭は、この坑道が既に危険な場所と化していることを告げていた。
業風に含まれた毒素が地面に染み込み、地下さえも汚染したのか。紫毒の汚泥は坑道の半ばを埋め尽くし、文明の跡地を魔の領域へ作り変えていた。
充満する空気にも毒が含まれているに違いない。吸い続けるのは危険だ。
私はやむなく脱出を優先し、ソーラドーラを小脇に抱えて坑道を遡ることにした。
理力の光が映し出すのはかつての文明の遺物だけではない。闇を好む魔物達にとって、放棄された鉱山は格好の住み家である。
普段ならば問題なく蹴散らせる相手だったが、仲間とはぐれた今、迂闊な戦いは避けるべきだった。
私は彼らを刺激せぬよう、細心の注意を払って通路を辿っていった。
幸いにして、空気の流れが出口の方角を教えてくれた。風に導かれ、歩を進める。そして懐かしい光が私の頭上に輝いた時、私はこの日一番の衝撃を味わうこととなった。
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流れ落ちる紫毒の滝。坑道に空いた排水路から虚空へと垂れ流されるそれは、この世のものとは思えぬおぞましさで私を打ちのめした。
豊穣であるべき大地が、毒の水を垂れ流す。
汚れた飛沫が宙を舞っていた。烈風吹きすさぶ厳しい土地で、それでも必死で生きていこうと健気に歯を食いしばる者達を嘲笑うかのように。
これは一種の悪夢だ。
ムストの人々はこれを間近に見て生きてきたのだろうか。だとしたら、なんという仕打ちだろう。
第一、毒は闇の領界の専売特許ではなかったのか?
私はふと、そこで一つの仮説に行き当たった。
闇の領界を覆う毒は、もとはと言えば古代竜族が自ら生み出したものだった。ゆえに、彼の地に住む者はその毒に苦しまねばならない宿業を背負う、
だが、それが闇の領界だけに留まるものではなかったとしたら?
毒の一部が風に乗って、この地にまで届いていたのだとしたら。
あるいは、彼の領界が担う贖罪の重荷をせめて軽減するために、誰かが……風を自在に操る力を持つ誰かが……毒の一部を業風としてあえてこの地に引き寄せたのだとしたら。
神よ、これがあなたの御業なのか。
目の前を流れる毒の滝は、その仮説を考慮したうえで尚、汚らわしく冒涜的な代物に見えた。