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差し出された茶を一口飲むと、瑞々しい感覚が身体の隅々にまで染み渡るのを感じる。私は体を弛緩させ、ゆっくりと息を吐いた。こういう茶が飲めることは、滅多にない。
旅の疲れが肩から腰にかけて深く絡みつき、椅子から立つのも億劫に思える。だが、それさえも心地よい。
少なくとも、この疲労は徒労ではなかったのだから。
ここはムストの町。少なくとも今、そう呼ばれている場所だ。
我々の旅は、ようやく一つの答えに辿り着いたことになる。
我々の調べていた坑道は、ムストの地下へと繋がっていた。そこには逃げ延びた住民たちと、抵抗軍の騎士達が共に身を寄せ合って暮らしていた。
町長の日誌に記されていた通り、魔物の襲来を察知した予言者は疾風の騎士団と共に対策を講じた。それが、この地下坑道跡への避難だった。
予知を訝しむ人々を説得し、廃棄された坑道に施設を作り、なんとか生活していける空間にまでにこぎつけたのは、予知された襲撃日の直前だったという。
万が一、逃げ遅れた住民がいた場合に備え、町長はちょっとした謎かけを街に残していたそうなのだが、我々に先行したヒューザや"解放者"がその謎を解き明かした結果、我々の前から手がかりは失われ……
結果、我々は彼らの意図せざるルートでこの街に辿り着くこととなった。招かれざる客というわけだ。
騎士団の面々は武器を取ってこれを迎え、客分として騎士達と行動を共にしていたヒューザもこれに加わった、というわけだ。
「警戒心が強くてな、ここの連中は」
「あの覆面も、そういうわけか?」
「俺は別に構わねえけどよ……そっちの副団長サンがどうしても、ってな」
ヒューザは肩をすくめる。水を向けられた"副団長"は無言でテンガロンハットをかぶり直した。
私にとっては単なる旧友だが、彼らにとってヒューザは庇護すべき重要人物である。念には念を、と人相を隠したそうだ。
「ま、おかげで久しぶりにいい運動ができたけどな」
地下暮らしは退屈だ、とヒューザはため息をついた。
「いい運動か……」
私はまだ痺れの消えない腕を無意識に後ろに隠した。ヒューザにはこれといったダメージは無いようだ。一歩先を行かれたことを認めざるを得ない。
場違いな対抗心が胸の内にくすぶるのに気付き、私は苦笑した。張り合っている場合ではないだろうに。この男といると、ついつい子供の時分に戻ってしまう。
一方、テンガロンハットの男は我々のもたらした情報……ナドラガの祭壇へと向かったドラゴンのことについて、考えを巡らせているのだろう。沈思黙考、終始無言を貫いた。
我々もまた、彼ら疾風の騎士団から聞き出した情報と自身の気持ちを整理するには多少の時間が必要だった。
何より、全ての発端となったあのエジャルナでの事件が彼らの仕業だったと知った時には驚かされたものだ。奇妙な運命のすれ違いさえ感じた。
あの時、ほんの少し廻り合わせが違っていたなら、私はこの副団長と、そして騎士団長殿と対面していたかもしれなかったのだ。
記憶の中で煉獄鳥の翼が人型に変わる。あの日の黒渦が、テンガロンハットの内側にまだ渦巻いているかのようだった。
彼らがあの日、エジャルナから盗み出した物は、厳重に管理されており、私も直接は見ていない。
と、いうより見るべきではないと私自身が本能的に感じ取っていた。
なにしろ、話を聞いただけで背筋が背ビレごと凍る気持ちを味わわされたのだから。
大胆な、あまりにも大胆な計画。
黒渦の男は、なおも沈黙を保ち続けていた。