
万色の閃光が闇の中に渦を巻く。大きく広げた私の両腕から光が溢れ、膨張する。
陽炎のように揺れ乱れた景色の中で、光は理を超えて爆発せんと輝きを増していった。
敵は既に目前。渦は、己を開放せよとばかりに荒ぶる風を巻き起こす。
否……私は歯を食いしばった。ここで暴走させてしまってはこれまでと変わらない。
一歩、また一歩と近づく魔物の影に冷や汗をかきながら、私は瞑想を続けた。
激流を制するは静水。混沌を御するは理。フォースの神髄は力の奔流に押し流されず、これを自在に操ることにあり。
乱れるな。静まるな。荒ぶる心のままに、一点集中、収束せよ!
……コンセントレイト!
膨張しようとする渦を抱き込むように、力に逆らわず、ゆっくりと腕を交差させていく。
……収束!
カッと目を見開く。
圧縮された光が交差した腕の間に集う。大気が歪み捻じれるほどの混沌の渦が私の目の前にあった。
私は微かに腕を押し出し、それを前方に、滑るように流し込む。
……発射!
渦はやがて速度を増し、万色の光弾となって眼前の敵へと放たれた。
今、まさに私の身体に爪を突き立てんとしていた魔獣が、抵抗すらできずにその光を胸に吸い込んでいく。
咆哮。閃光。
次の瞬間、魔獣の体内で混沌の風が弾けた。
巨体がたじろぎ、影が揺らぐ。
確かな手ごたえがあった。
私は凍気を帯びた剣を、魔物の鼻先にそっと突き出した。
魔物は咄嗟に身を守ろうとしたに違いない。だが、彼を守るべき魔力は混沌の渦に呑まれ、その機能を失っていた。
冷たい風が吹く。
恐怖の表情を浮かべたまま、魔獣は氷の彫像となり、地に落ちた。
決着。
私はほっと息を吐き、汗を拭う。
ようやく、コツがつかめてきた。
「さすがはヴェリナードの魔法戦士ね」
同じ戦場に立つ少女が凛々しく剣を振るいながら私を振りかえった。
「新しいフォースブレイク、すっかりものにしたみたい」
「奴には負けていられませんからな」
私は闇の中に次なる敵の影がにじみ出るのを確認し、剣を構えながらその声に応えた。少女の細剣がそれに並ぶ。
彼女と肩を並べて戦うのは、創造神を名乗ったあの男を討伐した時以来だろうか。
まだ本調子ではないとのことだが、あの時と全く変わらない……いやそれ以上の戦いぶりである。
「バトルルネッサンス……どんな場所か不安だったけど、修業の場としてはもってこいね」
魔と闇の中に躍動するは純潔のバトルプリンセス。少女がレイピアを振るうたび、美しくも鮮烈な戦乙女の姿がキャンバスに刻み付けられていった。
◆
あの日、疾風の騎士団の副団長を務める男はこう言った。
勇者姫は温存すべし、と。
街を襲った魔物達と業風に対抗するため、力を使いすぎた彼女は体調を崩していた。今、無理をすれば取り返しのつかないことになる。
故に、次の探索は勇者姫無しで行う。王子から"解放者"まで皆、この意見に頷いた。
解放者殿は今ごろ、エルトナ大陸中央部、スイゼン湿原を訪れているはずだ。
竜の背に乗る者達が向かった先、あの烈風の岬を超えることは、尋常の手段ではかなわない。飛竜と化したソーラドーラ達でさえ、風に抗うのが精いっぱいだった。運べるとしても一人が限界だろう。それでは戦力にならない。
またも悔しそうにドラゴンキッズは牙を噛みしめた。
ドラゴラムの術を習得した竜族であれば大勢を運ぶことも可能だが、彼は守りを固めねばならない。
何しろ、あの"竜将"に誘拐された風乗りの少女がナドラガ教団の者と行動を共にしていたのだ。これは即ち、ナドラガ教団自体が"邪悪なる意志"の手中にあることを意味する。
敵の動きには細心の注意を払う必要がある。黒渦の男は動けない。
ならば手段は一つ。
エルドナ神に仕える神獣、天神鹿の力を借りるべし。
かつて神々の世界を自在に駆け巡ったという天神鹿。神獣伝説を追って、解放者達はスイの塔へと赴いたのである。
案内役を務めるのは私の相棒、エルフのリルリラ。エルトナのことなら自分が一番、と珍しく自分から名乗りを上げた。
ミカヅチマルも彼女に付き従う。彼もまた、神獣伝説に縁浅からぬ一頭である。
彼はそこで、自分のルーツと出会うことになるのだが……
ま、それはまた別の話だ。
ともかく、勇者姫は留守役を命じられた。だが、彼女は英雄の帰りをじっと待っているタイプのお姫様ではない。
せめて次の戦いに備えて己を高めておきたい。そう願い出た。
そこで、この男の出番である。