
祠への道行きも半ばを過ぎたころ、嵐と雷の中を疾走するミカヅチマルに、追いすがる影があった。
妙な話である。打ち合わせでは、我々がしんがりを務める手筈だった。更なる後詰など、予定にない。
第一、岬を超える手段がないではないか。
……まさか、ナドラガ教団の増援か?
訝りつつ注意深く後ろを振り返ると、影は思ったよりずっと近く、素早く我々の背後に迫っていた。
純白の翼。高い嘶き。そして背に乗せた凛々しい顔立ちの少女。
「姫様……?」
天馬ファルシオンと、勇者姫の姿だった。
温存するはずの勇者姫が何故……という我々の疑問に先んじて、天馬は答えを告げた
「彼女がどうしてもと言って聞かないものですから」
「ごめんなさい、あの人が私の助けを必要としてるような気がしたの」
彼女の視線は風の壁を超え、我々の遥か前方へと注がれていた。
勇者とその盟友は特別な力で結ばれているという。その彼女の予感なら、無視はできない。天馬もそう判断したわけだ。
「大丈夫、無理はしないから」
王女は穏やかに微笑んだ。彼女は決して虚言癖の持ち主ではないが、この言葉は話半分に聞いておいた方が良さそうである。
優雅な物腰に似合わず、突っ走る性格なのだ。天馬もその点については同意してくれたようだ。ため息交じりの鼻息が漏れる。
せいぜい、護衛役に励もうではないか、お互いに。
「……ところで、ファルシオン様。一つお聞きしたいのですが……」
「何です?」
私は軽く咳払いし、横目で天馬を流し見た。
「……最初から貴方が手を貸してくれれば、天神鹿様の助けなど、要らなかったのでは?」
疑惑の眼差しが風に乗る。勇者姫がきょとんと目を丸くする。
「私が背に乗せるのは勇者だけと決めていますから」
すました馬面でペガサスは受け流した。
「それに、天神鹿とはかつて共に神域を駆けた仲……もう一度、一緒に走りたかったのですよ」
言うが早いが、天馬は速度を増し、天神鹿に追いすがった。純白の翼が鋭い鹿角と並ぶ。
なるほど。馬と鹿が仲良く並んで、これは確かにおめでたい。
……と、どこからか、こぶし大の岩が飛来し、私の顔面を強かに撃った。悶絶……!
何だというのだ、一体……! 私は痛みに顔を歪ませながら悪態をついた。
あの浮遊島から、たまたま削げ落ちた土砂が風に乗って飛んできたとでもいうのか……?
「天罰てきめん~」
と、上から声が降ってくる。リルリラとルナルドーラだ。ソーラドーラも側にいる。
どうも、我々を待っていたらしい。顔面の青あざにクスクスと笑みを漏らす。
「神様の使いを馬鹿にするから、そういうことになるの!」
「馬で鹿なのは元からだろう!」
再び飛来。脳天に直撃。えぇい神獣め! 天の使いのくせに耳は地獄耳か!
「もうっ、私の仕事を増やさないでよね!」
僧侶のリルリラは頬を膨らませながら回復呪文の光をばら撒いた。
「それはあっちに言え!」
遥か風の彼方を指さす。
ミカヅチマルは、呆れたような嘶きを漏らした。