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祭壇の間に竜の咆哮が轟き、白い翼が縦横無尽に空を駆ける。羽毛に包まれた竜の肉体は柔らかく斬撃を受け流し、しなやかに敵を撃つ。
ナドラガの祠に閃光が走る。
勇者は苦戦を強いられているようだった。
私は剣を抜き、その戦場を素通りして祭壇へと駆けた。そこに横たわるのはエルフの少女だ。
教団兵は突如乱入した我々に対応できない。このまま人質を奪還する!
一方、私とは別方向に駆けだした影がある。ドラゴンキッズのソーラドーラだ。
己の主、勇者姫の危機を見て取った彼は勇躍、ホワイトドラゴンの眼前に踊り出た。
巨大な白翼に立ちふさがる小さな爪。灯篭の斧にも似た光景である。まして彼は一度、この相手に敗北を喫している。
「逃げて!」
勇者姫が叫ぶ。だがソーラドーラはここで逃げるほど臆病ではない。
そして、勝ち目のない戦いを挑むほど愚かでもなかった。
仔竜は白竜の鼻先に一発、体当たりを仕掛け、直後、鮮やかな宙返りと共に距離を取った。勇者姫とは逆の方向だ。
白竜がソーラドーラを追う。勇者姫が体勢を立て直す。
そしてソーラドーラに襲い掛かろうとした白竜の足元にまとわりつくのは、もう一匹のドラゴンキッズ、ルナルドーラの役目である。
白竜の牙は仔竜をわずかに外れ、大岩を砕く。またも身を翻し、ドラゴンキッズは敵を翻弄する動きに徹した。
強者を下す弱者の戦法。強豪相争うモンスターバトルロードで彼が身に着けた技術の一つだ。
一方、私は人質の奪還に成功し、祭壇の前で弓を構える。
勇者姫と盟友も戦闘に復帰し、一気に形勢は逆転する……はずだった。
ソーラドーラが攻撃を引き付け、私が援護の矢を翼に打ち込む。白竜はたじろぎ、体勢を崩す。
だが、そこでとどめの一撃が来ない。勇者もその盟友も、この竜を攻めあぐねている様子である。
何かがおかしい。
確かにこのドラゴンの力は強大だ。だが、我々でさえ、それなりに戦えているのだ。数段上の実力を持つ勇者たちが、こうも苦戦するだろうか?
訝る私を尻目に、竜は激情に血走った瞳で敵を見渡し、狂おしい咆哮を上げる。牙が閃き爪が風を裂く。巨体が揺れるたびに羽毛が抜け落ち、空に舞う。
嵐のような連撃だ。だが歴戦の勇者にはその攻撃の穴が見える。雲のように浮かぶ羽毛の合間ををかき分けて、勇者姫はカウンターの一撃を竜の眉間に突き立てた。
地を揺らして巨体がおののく。魔法戦士の私には、竜の体内で理力の流れが乱れたのが分かった。
私は祭壇前から距離を詰め、フォースブレイクの弾丸を打ち込む。さらなる咆哮。勇者姫の攻撃との相乗効果で、竜の肉体が持つ抵抗力は完全に停止したはずだ。
私は弓を捨て、地を蹴りながら剣を抜く。ソーラドーラも距離を詰める。
次の攻撃が、致命の一撃となるはずだ。
確信と共に剣を振り上げる。その時である。
「待って!」
静止の声が響いた。
勇者の盟友、そして勇者自身からも。
剣先が一瞬鈍る。だが、止まらない。ソーラドーラも同じだ。
竜の身体に、理力を込めた斬撃が食い込んでいく。
奇妙なまでに緩い手ごたえ。
と、同時に景色が真っ白に染まった。白竜の純白の肉体が視界を覆ったかのように。
閃光。それとも、真っ白な霧か。
もうもうと立ち込めるそれが晴れた時、そこに竜の姿は無かった。
あったのは、一人の神官の姿。思わず剣を取り落す。リルリラが声を上げた。
私は勇者たちが攻めあぐねていた意味を理解した。
竜の正体は、我々のよく知る人物だった。
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去っていくナドラガの者達を見送りながら、私はため息をついた。
あれから更にひと騒動あったのだが、人質の少女は天神鹿により保護され、当初の目的は達成された。
だが、私の心は晴れなかった。
かつて解放者の名で呼ばれた冒険者の気持ちも同じだろう。
誰かが呟いた。
「あの人が敵に回るなんて……」
と。
それは驚きというよりは違和感だった。
確かに、ナドラガ教団とは決裂した。神官殿が己の神を信じて戦う理由も分かる。
だが、しかし。
天神鹿の背に乗り、はしゃいだ様子の少女をちらりと見る。
あの風乗りの少女は、竜将の手によって誘拐されたのである。
それがナドラガ教団の手元にいるということが何を意味するのか、分からない神官殿でもあるまい。
それを理解しながら、なおも我々に牙を向けるほど、神官殿は頑なな人物だっただろうか? そこが解せない。そこがおかしい。
……とはいえ、とりあえず作戦目標は達成された。
違和感を抱きながらもアジトに引き返す我々だったが……
これは大きな波乱の、ほんの始まりでしかなかった。
ムストの町には更なる混乱が、我々を待ち受けていたのである。