薄暗い地下空洞に無数の足音が響き、吊り照明の光が揺れた。明暗瞬く灯火が叫喚と混乱を映し出す。
私は逃げ惑う人々の流れを逆流し、その源へと急いだ。
剣戟の音が聞こえてくる。
ここはムストの地下空洞。魔物の襲撃を恐れ地下に逃げ込んだ人々と、ナドラガ教団に対抗する疾風の騎士団が寄り添って暮らすレジスタンスのアジトだ。
そのささやかな安息の地が今、戦火に覆われている。
ムストを襲ったのは、あまりに意外な襲撃者だった。
現場へと近づく。
その男は槍を持った5~6名の兵士達に取り囲まれていた。
手にした武器は大振りな剣一つ。槍の穂先を突きつけられて、絶体絶命に見える。
だが彼の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
そして剣をほんのすこし、持ち上げる。
「下がれ!」
私は必死で叫んだ。だが兵士達は怯まない。男の目に、好戦的な光が宿る。
次の瞬間、赤黒い剣閃が立て続けに二つ、空を走った。
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からん、と乾いた音。
兵士達が違和感を覚え、手元を確かめた時、槍の穂先は地面に落ち、彼らは自分が丸腰同然となったことを知った。
男が剣を肩口に構える。
「下がれ」
もう一度私は言った。
「その男の相手は、並大抵では務まらん」
私は兵士達をかき分け、襲撃者の前に進み出た。
赤いバンダナをかぶったその剣士は皮肉たっぷりに笑みを浮かべた。
「お前なら相手になるってのか? ミラージュ」
鞘走りの音が地下に響く。
「面白くもないな、ヒューザ」
見知った顔に、私は剣を突きつけた。
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ムストは混乱の極みにあった。
内側から、しかも防衛対象であるはずのヒューザ本人の手により防衛網が破られ、次々と神の器が襲われているというのだから。
風乗りの少女も様子がおかしいという。
半信半疑で駆け付けてみれば、ヒューザの瞳には明らかに異常な赤い光が宿っている。
風乗りの少女も同じだ。
私は全てを察した。
なんという茶番だ!
「昔からお前の冗談はイマイチだったが、今回は輪をかけて笑えんな」
「そりゃそうだ。大マジだからな」
フン、と私は鼻を鳴らした。あっさりと敵に操られた分際で、何を言うか。
剣を握る拳が震える。
思えば、おかしな点はあったのだ。
囚われていたはずのこの男が敵地から"脱出"できた理由。水の領界にいた理由。
風乗りの少女にしても、何故、警護の兵があそこまで少数だったのか。あれではまるで、奪還されるために外に連れ出したようなものではないか。
おざなりにして来た全ての疑問が今、最悪の形で氷解した。
許せなかった。何よりも、それに気づくことのできなかった自分が許せなかった。
「頭を叩いて正気に戻るかどうか知らんが……一発叩き込ませてもらうぞ」
「できるかよ、お前に」
互いに剣を構える。赤黒く揺らぐ燐光がヒューザを包む。
私は理力を身にまとい、息を整える。
喧噪とどよめきの間隙に、小さな静寂が走る。
そしてヒューザと私は、同時に地面を蹴った。