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土煙の舞う中、二本の剣が重なり合う。鈍い金属音がムストの地下洞に響き渡った。
鍔迫り合い。歯を食いしばったヒューザの顔が、同じ表情の私の眼前にあった。
ヒューザは剣を両手持ちに持ち替え、幅広の剣に更に力を込める。細身の剣を持つ私は徐々に押されていった。
瞬転! 私は身を翻して力比べを避け、そのまま回転の勢いを剣に乗せる。再びの金属音。ヒューザは分厚い剣身でそれを受け止めて見せた。が、これも想定内。
私は体ごとぶつける勢いで盾を前に突き出し、シールドアタックを敢行した。流石の大型剣もこれを支えること能わず、ヒューザは数歩、後退する。
だがその表情はいささかも怯んではいない。
「随分泥臭い攻撃じゃねえか。気取った魔法戦士サマらしくねえぞ」
「貴様を参考にさせてもらったのでな!」
理力を剣に込め、光の斬撃を飛ばす。ヒューザは一瞬、腕を硬直させ、凄まじい勢いで剣閃を放った。
轟音が響く。カマイタチと光が互いを喰らい合い、弾ける。その内側から、ヒューザの剣が舞う。
銀の五月雨が私の身体へと降り注いだ。一つ、二つと剣で受け流し、三つめは盾で止める。四つ目が私の肩口を浅く抉った。
痛みより先に寒気が走り、次に熱が湧きだした。瘴気纏う剣から血が滴るのを見て、ヒューザは笑った。
「一度本気でやり合ってみたいと思ってたぜ、お前とは」
「これが本気だと?」
血を拭いながら私は剣を構え直す。
「だからお前は冗談が下手だというんだ」
私は盾を前に突き出しながら剣を大きく引く。刺突の構えだ。
ヒューザは無形の位。無造作に剣を下げ、敵の動きに集中する。
私の脚が地を高く蹴る。剣術書の曰く、不死鳥が天を舞うが如くに。雄叫びと共に、突きから始まる四連撃を繰り出す。
ヒューザの赤く光る眼が、その一太刀一太刀を悉く睨みつけ、見極める。
鋼と鋼がぶつかり合う。鈍い衝撃音が四つ、立て続けに響いた。
有効打は一つたりともなし。体勢を崩しながら着地する。不死鳥、地に堕つか。
否!
私は更に腰を落とし、両手を広げた。剣術書の曰く、隼が翼を広げるが如くに。地を踏みこみ、下段からの四連撃を再び叩き込む。
流石のヒューザが後退を余儀なくされた。私は更に地を蹴った。
剣を両手に持ち替え、光の理力を刀身に漲らす。
一方、ヒューザもまた剣に独特の魔力を込め、稲光をほとばしらせた。
いつかの再現……! 私のギガブレイクとヒューザの放つ雷光がムストの地下に交差した。
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真白く染まる視界。
私とヒューザは互いに弾かれ、数歩後退していた。
どちらも息が荒い。だがヒューザの口元にはなおも笑みが浮かんでいた。
「おもしれえぜミラージュ。もっと早くやってりゃよかったな」
赤黒い光……否、もはや黒一色となった瘴気がヒューザを包み、その表情を歪めていく。
唯一残った眼光だけが不気味に赤く輝いていた。
「もっと楽しませてもらうぜ」
腰を低くして剣を構える。漆黒の剣を。
「いい加減にしろヒューザ。こっちは少しも楽しくないと言った筈だ」
もはや私の声すら届いているかどうか。瘴気の塊と化したヒューザの手元で殺意の剣が光を放つ。
私は剣を強く握り、両手を交差させた。怒りを込めて!
「そんなお前に勝つために、修業をしてきたわけではないッ!」
混沌の理力が剣先に集う。暴走寸前の危うい力を純白の弾丸と化して、目の前の影に向ける。赤黒い影に!
ヒューザが地を蹴る。フォースブレイクが放たれる。
無言の雄叫びと共に、白と黒の衝撃が弾けた。理と混沌、光と影が渦を巻いて爆発する。轟音が地下を貫いた。
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ムストの地下に色とりどりの光が舞い、兵士達が恐怖に慄く。
そして光が晴れた時、私の胸元には一筋の黒い傷跡が刻まれていた。
膝から崩れる体をようやく剣で支える。
私は影の中から立ち上がる剣士の姿を辛うじて睨みつけていた。
影がよろめく。無傷ではない。
その瞳が、カッと大きく見開かれた。
黒い瞳。赤い瘴気の光ではない。
「俺は……」
ヒューザが頭を押さえる。私は注意深くその様子を観察した。
これで元に戻ってくれたのか……?
だがその淡い期待を打ち砕くものがあった。
耳を刺すような、高く澄んだ、金属音。場違いなまでに涼やかで美しく、そして高圧的な、これは……
「鈴の音……?」
「ミラージュ」
ヒューザは顔を上げた。再び、赤い光を纏って。
「時間稼ぎは終わりだ。勝負は預けとくぜ」
「待てッ!!」
追いすがる暇も無く赤黒い渦に包まれて、ヒューザは姿を消した。
立ち上がろうとした私の胸から血が噴き出す。
兵士達が慌てふためく。
私は立つこともできず、ヒューザの消えていった場所をじっと睨みつけていた。