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アジトは陰鬱な雰囲気に包まれていた。
吊り下げられた照明は頼りなく揺れ、かえって闇を強調した。
戦火の興奮は潮が引くように失せていき、残ったものは冷たい風ばかりである。
負傷したものもそうでないものも、一様に地面を見つめ、口を開こうとしなかった。得た者は一つも無く、失ったものは数えきれない。敗戦とはそういうものだ。
それも、ただ一戦の敗北ではない。
これまで積み重ねてきたささやかな勝利さえも、全て敵の掌の上だったのではないか。そう思わせるような敗北だったのだ。
各種族の代表者と、それを慕う冒険者達が集い、高揚と全能感に包まれていたムストはもうない。器も、自信も、全てが奪われた。
唯一残ったのは、解放者の名で呼ばれた冒険者である。
各種族の器たちと解放者が手を取り合って敵に立ち向かう姿を、できれば見てみたかったのだが……結局は、孤独な闘いか。壁を見つめ、地面を見つめる。閉塞感。
だがいつまでも地質学者の真似事をしているわけにはいかない。
疾風の騎士団所属のバッセ氏は優秀な斥候だった。
彼の偵察により、ナドラガ教団が最後の聖塔……翠嵐の聖塔へ向かったという事実が明らかになった。解放者はそれを追う。
私も加勢したかったが、先の戦いでの負傷が響き、アジトでの留守番を言い渡された。ドクターストップという奴だ。
「しばらく安静にしてなさい」
ドクター・リルリラは腰に手を当てて首を振るのだった。
……ま、解放者殿のことだ。万に一つもしくじることは無いだろう。はやる気持ちを押さえながら、私はベッドの上で状況を整理することにした。
四つの器がこれで敵の手に落ちたことになる。テンガロンハットの男はそう言った。
残る二人がムストに招かれていなかったことが幸いした、というべきか?
……そうではあるまい。
あのドワーフ男は、イーサの村を出てどこに行くと言っていた……? エジャルナだ。敵のお膝元だ。
オーガの淑女を最後に見たのはいつだった? カーラモーラを去っていく時、彼女と共にいたのは……あの神官長ではないか。思えばあの頃から全て、敵の思惑通りだったわけだ。
つまり六つの器全てが敵の手中に収まったと考えて差支えないわけだ。
「六人で全部かどうかは、わかんないけどね」
看病に来たリルリラはそう言った。
確かに、神は七柱。器は六つ。一つ足りない。
ナドラガの器は存在するのだろうか。邪悪なる意志を名乗るあの男がそうなのか?
あるいは……。
教主オルストフは不遇な境遇にある子供たちから、特別に才能のある者を見出して子飼いの実働部隊を形成している。例えばエステラ。例えばトビアス。
それ単なる慈悲なのか、それとも"何か"を探して行動なのか。
考えれば考えるほど、全てが怪しく思えてくる。私はベッドの上でかぶりを振った。行動できないこの身が恨めしい。
「回復呪文でパッと治らんものかな」
「イケマセン!」
リルリラが仏頂面で首を振った。
僧侶たちが得意とする回復呪文は痛み止めに近い存在だ。とりあえず動けるだけのものであって、本質的な治癒をもたらすものではない。体に無理をさせているだけなのである。
だから重傷を負った場合は、こうして時間をかけて癒す必要がある。
そういう理屈は分かっているが……焦る。
不幸中の幸いは、敵が彼らの命を……少なくとも今のところは……奪うつもりが無いらしい、という点である。もしそのつもりなら、とっくにやっている。
仕方なく私はヴェリナードへの報告書をまとめながら解放者殿の帰りを待つことにした。幸か不幸か、報告すべきことは無数にある。
そして数日後。
解放者は帰還した。
数多くの報せと、一人の神官を伴って。