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解放者の帰還と共に、アジトにはどよめきの風が広がった。
もたらされた数々の報せ、聖塔の解放やエジャルナの異変、邪悪なる意志に関する情報もそうだが、それ以上に彼らを動揺させたのは、解放者が連れた神官の姿だった。
私もまた躊躇っていた。
かつて肩を並べて戦い、一度矛を交え、今また再び手を取り合うことになったこの女性に、どう声をかけるべきかと。
薄紫色の長い髪が風に揺れる。ピンと立った黒い二本角は微動だにしない。荒れ狂う嵐に晒されてなお、凛とした美しさを誇る一輪の花のように、張りつめた空気を纏い、彼女は一歩階段を下りた。
兵士たちが二歩、後ろに下がった。
私は押し出されるように、前に出た。
神官エステラはにこりともせず、思いつめた表情のままで私を見た。
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「お久しぶりです、ミラージュさん。そして初めまして、疾風の騎士団の皆さん」
神官はこれまでの非礼を詫び、深く頭を下げた。兵士たちが顔を見合わせる。
彼女は今、副団長クロウズとの会談を終え、部屋を出たところだった。そこで恐らく何らかの合意が成立したに違いない。
「あなた方には謝罪してもしきれませんが……私にはやれねばならないことがあります。あの壁をどうにかしなければ……」
その話は我々も聞いていた。突如としてエジャルナの大聖堂を覆った光の壁。我々にとっては敵の居城を守る巨大な城壁だ。奪還すべき全ては、その内側にある。
「急ぎ聖都に戻り、あちらの内情を探るつもりです」
せわしなく、彼女はアジトを立ち去ろうとした。顔は固くこわばり、杖を握る腕はピリピリと緊張している。
その様子には一かけらの余裕も感じられない。
またも、嵐に立ち向かう花の姿が思い浮かんだ。
危うい姿である。
「エステラさん」
と、その背中に誰かが声をかけた。
神官が振り返る。
僧侶のリルリラだった。緊張感のない丸い瞳。何故か、手元にティーポットを持っている。
神官の顔に初めて表情が現れた。あまりの場違いさに、あるいはかつて親しくしたエルフとの邂逅に。
「疲れてない?」
そんな変化を知ってか知らずか、エルフは茶目っ気たっぷりにポットを掲げた。嵐の中に、凪が訪れる。
「お茶にしようよ」