【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
第0話「序幕」後編
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"邪悪なる意志"討伐の報を受け、後続部隊として地下迷宮へと突入した我々は、そこで"邪悪なる意志"の活動を裏付けるいくつもの証拠を発見した。
旧体制派の中心人物である神官長ナダイアも倒された今、もはやエステラ派の勝利は動かぬものとなったかに見えた。
だが、ここで再び異変が起きる。
革命の主導者である神官エステラその人が、行方をくらましたのだ。
しかも、地下に囚われているとされていた総主教オルストフも見つからない。
そして極めつけに、エステラ派最大の戦力である"解放者"が重傷を負った状態で発見されたのである。
一体、地下迷宮で何が起こったのか?
ぴくりとも動かない解放者を前にして、我々はただ茫然と立ち尽くすのみだった。
解放者は治療のため、支援組織"疾風の騎士団"の拠点ムストへと運ばれた。
いや、あれは治療のためではない、解放者はもはや死に、弔いのために亡骸が運び出されたのだ、と神官の一人は言う。
実のところ、私の目にもそう映った。運び出される解放者の顔は、生気を全く感じさせなかった。
私はその神官をたしなめ、魔法戦士団員にも迂闊なことを口に出さぬよう厳命したが、人の口に戸は立てられない。
解放者死すの噂は風のように人々の耳目を流れ、火が燃え移るより早く街を覆った。
私は顔をしかめた。
日を置くごとに、エジャルナの街に不穏な空気が満ちていくのが分かった。
我々魔法戦士団は解放者をムストの者達に任せ、神官達と共に聖都の治安維持に努めることとした。
この時のエジャルナはいくつもの火種を抱えていたのである。
大聖堂では神官トビアスが辛うじて人々を取りまとめていたが、混乱は簡単には収まらなかった。
自らの手で古き導き手を排除し、革命の主導者であるエステラをも失った今、教団は目指すべき場所を失っていたのである。
政治的空白が、人々の心に迷いを生む。
神官達の心には、革命の反動が訪れていた。本当にエステラは信用できるのか? 自分達は若い娘の口車に乗って、何か取り返しのつかないことをしてしまったのではないか?
臆病な人の心が生む疑心暗鬼を滅するには、圧倒的カリスマと強い意志をもって人々を統率する指導者が必要である。総主教や神官エステラのように、だ。
だがこの時、教団のトップを務めるのはトビアスだった。誰もが認める期待の若手ではあるが、集団を導くリーダーシップにも経験にも欠けていた。
何故エステラは姿を見せないのか。解放者は誰に殺された。総主教様はどこへ行ったのか。そして自分たちはこれからどうすればよいのか。
答えられない質問の濁流が若きトビアスに襲い掛かる。彼は持ちこたえるのに精いっぱいだった。
やがて旧体制派が再び台頭の兆しを見せ始め、新組織は早くも内部分裂の様相を呈し始めた。
トビアスは日々、調停に奔走する。自身も先の戦いで怪我を負い、傷ついた身体に鞭打っての行動だった。
一方、解放者追放から始まる度重なる政変に民衆は狼狽し、疲弊しきっていた。
酒場からは活気が消え、街を出歩く者も少なくなった。誰もが不安そうな顔であたりを窺う。エジャルナは恐慌直前の冷たい空気に覆われていた。
解放者復活の報せがムストから届いたのは、そんな時のことだった。
その時のことを、私はよく覚えている。
吉報に胸をなでおろしたのもつかの間、密書を手にしたトビアスの拳は震え、顔面はたちまちのうちに青白く染まっていった。
彼が取り落した密書を拾い上げ、私はやはり、と頷いた。
そこには、邪悪なる意志を影から操る黒幕の名が記されていたのである。
トビアスはウッと呻くような声を上げ、立ちくらみを起こしたようにゆっくりと揺れた。そして喉が潰れた様な沈黙の中で苦悶の汗を滲ませた。
だが、それも長くは続かなかった。
私と同じく、心のどこかでその可能性を想定していたのだろう。受け入れたくないという感情とは裏腹に、彼の理性は納得していたに違いない。
やがて見開かれていた瞳に諦観の幕が下り、流れ落ちる涙と共に神官は頷いた。
黒幕の名はオルストフ。エステラは彼の手中にあり。
かくして解放者は総主教を追い、決戦の地ナドラグラムへと赴いた。
魔法戦士団もこれを支援すべく出陣の用意を始める。
だが……結論から言えば、我々は最後の戦いには参戦しなかった。
思わぬ敵が、我々の前に立ち塞がったからである。
沈黙が支配する街、エジャルナ。緊張と不安の渦巻く火薬庫にその日、災禍の炎が舞い降りた。
……これは、解放者と神の器が体験しなかった、もう一つの戦いの記録である。