【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
第一話「災禍」中編
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私がトビアスに追いついた時、丁度教会の門を守る白ローブの集団が、トビアスに錫杖を突きつけたところだった。
「叛逆者め!」
「俺は叛逆者などではない!」
ロマニとドマノは教会の二階窓からトビアスを見下ろしていた。その顔に指を突きつけ、トビアスは叫ぶ。
「貴様らこそ騙されるな! その男たちこそ、邪悪なる意志を名乗り竜族に災厄をばらまいていた張本人なのだ!」
「黙れ!」
ロマニは一喝する。
「我々はナドラガ神を崇める者。貴様らは不遜にも我らが神を邪神呼ばわりし、反旗を翻した背教者ではないか!」
カッと杖を床につきつける。空に響く大音声だ。続いてざわめきの渦が押し寄せる。
私ははたと気づいた。周囲の住民達が遠巻きに二人のやり取りを見つめていることに。
そしてロマニはそれをわかっている。
つまりこれは、トビアスに対する言葉ではない。
「我らが神は……」
拳を震わせ、トビアスは歯を食いしばる。自分自身、苦しんだ末にようやく受け入れた事実を、噛みしめるように。
だが、それは罠なのだ。
言うな! 制しようとした私の動きは二歩も三歩も遅かった。
「我らが神は道を過たれた! 故に、我らは自らの意志で歩く道を選ばねばならん!」
血が逆流する。どよめきと共にエジャルナの空が揺れた。赤く、黒く。
私は怒りを込めて二階窓を見上げた。ロマニの口の端が上を向くのが分かった。
「聞いたか民衆よ! 我らが神を愚弄する背教者の言葉を! この男は我らがナドラガ神が、道を誤ったと言い放った!」
怒涛のように、怒号が押し寄せる。
「聞いたぞ!」
白ローブが叫ぶ。
「聞いたぞ!」「聞いたぞ!」
教会が叫ぶ。
戸惑い、顔を見合わせる民衆にその叫びが伝染するまで、どれくらい猶予がある?
私は歯噛みした。全てロマニの計画通りだ。
エステラ嬢は賢明だった。我々魔法戦士団も彼女も既にナドラガ神が邪神と化している事実を知っていたが、大聖堂での演説で、彼女はそれを一言も喋らなかった。
殆どの竜族にとってその言葉はあまりに受け入れがたく、かえって反感と抵抗を高めるだけだと理解していたからだ。
だから今日この日まで、ナドラガ神に関する事実を知っているのはごく一握りの神官だけだったのだ。
だが今、ロマニの口からそれが告げられ、トビアスの返答がそれを肯定してしまった。
この瞬間、竜族にとってのエステラ派は、教団内部の闇を浄化した革命組織というだけでなく、ナドラガ神に反旗を翻した組織となったのだ。
ただでさえ内部分裂を懸念されていた彼らにとって、これは致命的な打撃となりかねない。
「神を冒涜する背教者に聖印を身に着ける資格なし! まして大聖堂に座する資格も無し! 退去せよ! 直ちに退去せよ!」
退去せよ、退去せよ!
地鳴りのような怒号が四方八方から押し寄せた。見れば、周囲を取り巻く民衆の中からも同じ声がちらほらと聞こえてくる。
馬鹿な! 私は動揺した。民衆への伝染があまりに早すぎる! 何故こうも簡単に……
……そして私は、全身に冷や水を駆けられたような寒気に襲われた。
民衆の中に工作員を仕込むのは扇動の基本だ。彼らは計画的にトビアスを誘い込み、利用している!
「私は背教者ではない! 私は竜族のために血を流してきた! 竜族のために命を懸けてきた! 力及ばずとも、その志に嘘は無い!」
民衆を振りかえり、トビアスは訴えた。その顔に、小石がぶつかった。
「………!!」
誰が投げたのか。おそらくは民衆に紛れ込んだロマニの間者か。だがそれはどうでもよかった。
次々に石が投げられる。白ローブが杖を突きつける。
トビアスは退くしかなかった。戦うという選択肢はない。もはやこの戦いは、ロマニ・ドマノ派の白ローブだけが相手ではなくなってしまった。今戦えば、民衆に血が流れる。
「私は……」
あとの言葉は波のように押し寄せる怒号にかき消された。
そして我々が人ごみをかきわけて大聖堂へ戻った時、事態はさらに悪化していたのである。