【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
第一話「災禍」後編
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大聖堂の中庭から空を見上げると、四角く切り取られた天に、炎と黒煙の入り混じったまだら模様が渦を巻くのが見える。
お世辞にもロマンチックな光景とは言えないが、それでも気は紛れるものだ。
少なくとも、この大聖堂を取り囲む狂乱の渦に比べれば。
ナドラガ教団は今、危機的状況にあった。
あの日、私とトビアスが辛うじて大聖堂まで逃げ帰ると、既に旧体制派の何割かが大聖堂を自ら退去、白のローブを身に纏っていた。
彼らは不安定な現状よりも古き時代への回帰を選んだのである。
そして寝返った旧体制派の存在により、ロマニ・ドマノの演説は一気に真実味を帯びる。
白ローブの集団はあの後も演説を繰り返し、一定数の支持を得るに至った。
「馬鹿な! 奴らは"邪悪なる意志"なのだぞ!」
信じられないという表情でトビアスが叫ぶ。その叫びも、背教者死すべしのシュプレヒコールにかき消された。
ロマニらが民衆を味方につけたことで、武力による制圧は事実上不可能となった。
彼らはオリハルコンよりも堅牢な盾を手に入れたのだ。
トビアスは自らの潔白を表明したが、勢いは明らかに敵の側にあった。
街は徐々に、白ローブに掌握されつつある。
それは大聖堂の門の前に集まった民衆を見ればわかることだ。
彼らは白ローブに率いられ、エステラ派の退去を口々に勧告する。時に、石を投げる者もいた。もはや迂闊に外に出ることすらできない。
強固な城壁に守られた教団員の身体を、彼らの投げた石が傷つけることは無い。が、心は別である。
ナドラガ教団のスローガンは竜族解放。悪しき魔の手から竜族を守る。教団員にはその誇りがあった。
だが、今彼らに石を投げつけているのは誰か。彼らを悪魔と呼び、罵るのは誰か。
不安が彼らの心を押しつぶしていく。日に数名ずつ大聖堂から教団員が消え、その分だけ白ローブが増えた。
教団内部にも、トビアスを非難する声が増えた。一体これからどうするつもりなのか、ナドラガ神を邪神と罵ったのは本当なのか。エステラを殺したというのは本当か。エステラを出せ! 総主教を出せ!
生来の癇癖を必死で抑え、トビアスは教団員の説得にあたった。日に日に憔悴していくトビアスの顔は、見るに堪えない有様だった。
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「いっそ、本当のことをぶちまきえてしまえば、楽になれるんだがな……」
神官は力なく笑った。
ナドラガ神は邪神で、オルストフは全ての黒幕。エステラはオルストフに捕えられている。解放者が邪神を倒し、全ては解決するだろう。
……だれが信じるものか。火に油を注ぐようなものだ。殆どの神官がトビアスを見限り、民衆に彼の言葉を伝え、そして白ローブの原理主義派は完全なる大義名分をもって大聖堂に押し寄せるに違いない。
悔しいことだが、情報戦ではあちらの方が一枚も二枚も上手だ。
「今は耐えることだ」
私は軽くトビアスの肩を叩いた。抜け殻のように力の失せた肩を。
空には、墨をぶちまけた様な歪んだ炎が渦を巻いていた。