【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
第二話「ディストピア」
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打つ手がないならば、探せばよい。何よりもまず、情報が必要だ。
街がどの程度白ローブの原理主義派に掌握されているのか。民衆は本当に彼らに賛同しているのか。
大聖堂は取り囲まれているが、隠密の心得のあるものが少数で出入りする分にはいくらでも隙がある。
私はひっそりと大聖堂を抜け出し、流れの冒険者に扮して街を歩いていた。ゴーストタウンのような街を。
これがここ数日の私の日課だった。
からからと鳴子のような音が通りに響く。人通りのない街。
活気に溢れていたあのエジャルナの賑わいが嘘のようだ。川を流れる炎だけがパチパチと変わらぬ音を立てる。
何度かの探索を繰り返し、私は街の現状を8割がた把握していた。
どうやら思ったよりも事態は悪化しているらしい。
いや、白ローブとの戦いを考えれば、逆に悪くはない、といえるだろうか……?
静まり返った街。あの白ローブの演説から数日、人々はいざこざにに巻き込まれぬよう、外出を控えるようになった。
酒場にもバザーにも客の影はまばらで、数少ない買い物客も、その多くは食料と水だけを調達してそそくさと家路につく。まるで戒厳令でも敷かれたかのようだ。
だが生活のためには最低限の外出が必要となる。
彼らは人目を忍び、まるで犯罪者のように影から影へと走る。神の目におびえる咎人のように。
そして運悪く白ローブと出くわした者はその場で神への忠誠心を問われることになる。
もちろん、否と答える間抜けはいない。
白ローブの要求を断った誰それが教会に連れて行かれ、二度と戻らなかった……などという噂がまことしやかにささやかれていた。事実かどうか、自分が断って確かめようという勇気の持ち主は殆どいなかった。
住民が要求に頷けば、白ローブは優しい声色で彼らを祝福し、神の敵に石を投げよと命ずる。大聖堂を取り巻く民衆の正体がそれだ。石の数は、日に日に増えていく一方である。
だが、彼らは必ずしも強要されて嫌々石を投げているというわけではない。
最初、白ローブの目を気にして恐る恐る石を手にしていた住民達のうち何割かは、やがて率先して石を投げるようになる。
何も不思議なことではない。神の名を唱え正義を謳い、悪を糾弾すれば自分が正義の使徒になったつもりになるものだ。それが麻薬的快楽を伴うことはあらゆる歴史が証明している。
まして石を投げている間、白ローブは彼らの味方だ。今や街の支配者となった白ローブが、自分を庇護してくれるのだ。
投げれば投げるほど、信頼は高まる。これは神への奉仕である。
信頼の証は、最初は数枚のコイン。奉仕を繰り返せば、やがて原理主義派の聖印が授けられる。
これは強力な通行証となる。これを持つ限り、白ローブに咎められることなく自由に外出できるのだ。
そして信頼が最大まで高まれば教会へと招かれ、白のローブが与えられる。それは支配され、おびえていた一市民が街を支配する側に属する意味した。
彼らはロマニ・ドマノを英雄とたたえ、白ローブに従わぬものに弾圧を加える。かつて彼らが恐れ、忌避していた存在に生まれ変わるのだ。
無論、彼らに対する背信行為はこの逆の道を辿ることを意味する。
ローブを与えられたものは定期的に教会に顔を出さねばならないし、聖印を持っているにもかかわらず石を投げなければ激しくとがめだてされる。
与えられたローブを奪われ、聖印を奪われ、度が過ぎる者は……命さえ奪われると、噂されていた。
一度彼らに尻尾を振った以上、もう引き返す道は無いのである。
幾重にも張り巡らされた檻。罪なきものから石を投げよ、などという言葉はもはや通用しない。罪びとにならないために、人は石を投げるのだ。
白ローブに怯える者達、進んで白ローブに追従する者達、辺境の村への脱出を目論む者達、それを密告する者……エジャルナに様々な色が混ざり合い、聖都は混沌のるつぼと化していた。