【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
始まりは、小さな騒動だった。
大聖堂から、一人の子供がいなくなったのだ。
まだ習い所にも通っていない、年端もいかない少年である。教団員である両親と共に大聖堂に祈祷にやってきたところで一連の事件に巻き込まれ、なし崩し的にここで生活している子供たちの一人だった。両親が騒動への対処に追われる中、彼は他の子供たちと一緒に大部屋で大人たちを待っているはずだった。
それが、いない。
一体どこへ消えたのか。大聖堂の隅々、果ては立ち入りを禁じた地下道まで探しても見つからない。
もしや、勝手に外へ……?
両親は顔色を変えた。大聖堂の外は白ローブのテリトリーだ。教団員を両親に持つ子供にとっては、地下道以上に危険な場所かもしれないのだ。
そして困惑が不安に変わり、焦燥の火が母親の胸を焦がし始めた頃……。エジャルナの街では、より大きな炎が燃え上がろうとしていたのである。
以下に記す物語は、全ての騒動が終わった後で、私があちこちから伝え聞いたことを組み合わせ、まとめ上げたものである。
第四話「聖なる種火」前編
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その女は、舌打ちしながら行進が途切れるのを待っていた。
大聖堂に詰め寄せる、原理主義派の行進だ。薬屋の柱の陰に身を潜めて、愛用のバッグを抱きしめる。白ローブへの点数稼ぎに石投げに参加したことも何度かあるが、楽しい思い出ではなかった。何より、今は疲れていた。
彼女は仕事帰り。この半月ですっかり流行らなくなってしまった小料理屋の受付を夕方まで空しく務め、徒労感と共に家路についた。早く帰って寝たい。望みはそれだけだ。信仰だ背教だなどという御託に付き合うつもりは毛頭なかった。だが、あの男たちと来たら……
ため息一つ。
まったく忌々しい連中だった。あの連中が現れてから、気が休まる時がない。……いや、もっとだ。
思えば解放者追放のお触れが出され、大聖堂に結界が張られた頃から、街はピリピリとした空気に包まれ始めた。いつの間にか、溜息と舌打ちが癖になっていた。
『どっちが勝つにしても、さっさと終わってくれればいいのに』
彼女は白ローブを好ましく思ってはいなかったが、それを言えば教団の連中だって、別段好きだったわけではない。遥か頭上、空の彼方で街を仕切っているお偉いさん。とりあえず従っておけば平和なのでそうしている相手。彼女にとってナドラガ教団はそういう存在だった。
首がすげ変わるなら変わったで構いはしない。新しい支配者に従えばいいだけのことだ。
もちろんエステラ派が勝つならそれでもいい。要するに、この状況さえ終わって、元の生活が戻って来るならそれでいいのだ。
『所詮、教団内の権力争いでしょ。私達には迷惑なのよね』
彼女が特別、冷めた人物というわけではない。大半の住民が思っていることを、彼女も思っているだけだった。