【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
第五話「瞳のナイフ」前編(2)
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辺りには人が集まり始めていた。野次馬だ。飛び火をおそれつつ恐々と覗き込む者。退屈しのぎの好奇心から目を光らせる者。可哀想にと同情しつつも決して近寄ろうとせず遠巻きに眺める者。隙あらば自分も点数を稼いでやろうと舌なめずりをする者。
誰もが目を合わせようとせず、彼女を指さしてはあれこれと噂話を始めた。ひそひそ話の息遣いが通りに満ちていった。
女はいらいらと腕を振るわせた。ナイフのように突き刺さる好奇の視線。その全てが、不愉快だった。
私は見世物じゃない! どうして私がこんな目に!
騒ぎを聞きつけて、他の白ローブも集まってきた。白い檻に囲まれた気分だ。逃げ場はない。
「抵抗するということは、やましいことがあるという証拠だ。単独犯とは限らん。周りの家も調べろ」
リーダー格の男が指示を出すと、民衆から悲鳴が上がった。聴衆の半分が逃げ出す。白ローブは次々に周囲の家に押し入った。住民は怯えつつも抵抗しない。例え何もやっていなくても、抵抗すれば黒。それが掟だ。
だが、たとえ無抵抗だろうと、相手が何かを勘違いして思い込めばそれだけで黒である。人々は怯え震えた。何事も無く嵐が過ぎ去ってくれることを願う、彼らは無力な子ウサギだ。
白ローブが押し入った家々から姿を現す。捜査はすんなりと終わったようだ。ノットギルティ。収穫無し。
「では、やはりお前だ」
全ての白ローブがぐるりと振り向く。
状況は先ほどから変わらない。いや悪化した。白ローブが増えたからか? 違う。
エジャルナの炎が暗く荒々しく燃え盛る。巻き添えを喰らいそうになり、いくらかは同情的だった民衆の視線には、いびつな棘が生えていた。
『あいつのせいでこっちまで……』『さっさと白状すればいいのに……』『迷惑なのよ……』
彼らはもう、女に同情しない。自らの家と家族を脅かすものはそれだけで悪だからだ。ナイフのように鋭い視線が彼女を突き刺した。
罠だ! 全てこれを狙ってのことだ! 女はわなわなと腕を震わせた。肺は過呼吸に陥り、頭は半狂乱に荒れていた。
「背教者め! 大人しくしやがれ!」
ショートリーゼントの男が口火を切って非難を始める。点数稼ぎだ!
周りからも非難の声が上がり始める。
声を背に受け、白ローブの輪が押し迫ってくる。
あんたたち、ついさっきまでその白ローブを怖がってたじゃないか! 女は怒鳴りつけようとした。声は出なかった。空はなおも渦を巻く。その渦と一緒に、視界がぐるぐると回り始めた。
ショートリーゼントの男は足元の小石を拾い上げた。手慣れたものだ。いつもやっていることだ。薄笑いさえ浮かんでいる。
「背教者め!」
男は石を投げた。背教者の巣窟へと。
だが、彼にもまた一かけらの情けが残っていたのだろうか。石の軌道は女から大きく外れていた。
あくまで威嚇と原理主義派へのポーズのための石投げだ。
誰にもあたるはずのない投石。ドアに向かって投げつけた。
そのドアが突然内側から開かれたのは、男にとっても計算外だったに違いない。
子供だ。教団のローブをまとっている。騒ぎに気づいて外に出てきたのだ。怯え、困惑した幼い顔。投げられた石はその顔に向かって、一直線に飛んでいた。
民衆が息をのむ。ショートリーゼントの男が声にならない悲鳴を上げた。
鈍い音がした。
赤いものが石畳を汚した。