【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
第七話「ナドラガンドの決戦」中編
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その光景を、女は無言のまま見上げていた。
隣では、行方不明になった息子をようやく探し当てた母親が涙ながらに礼を言い、我が子を抱きしめていた。恐らくは、教団兵と共に大聖堂を出てきたのだろう。
少し遠くに、ショートリーゼントの男。どこをどう逃げ、どう走ったのか。結局どこにも行けず、ここに舞い戻ってきた。所在なさげにあたりを見回し、ちらちらとこちらを窺っている。女は、怒る気にもなれなかった。
地面を振動が襲う。竜がまた、歩き出した。
エジャルナの空、遠く映る竜のシルエットは、かの竜神そのもののように見えた。
それが街を破壊している。神の意に従わぬものに鉄槌を下すかのように。竜が竜族を殺す。
……神の御意思だって……?
女は燃える瞳で空を睨みつけた。それに応えるかのように、竜の瞳がこちらを向いた。ショートリーゼントの男が腰を抜かし、子供が泣きだした。
「……畜生!」
シルエットが近づいてくる。震動が強まる。次はここを壊すのか。子供も母親も、私の家も壊すのか!
「畜生ッ!!!」
女は悔し涙を払って石を掴んだ。
ここは私の家だ。ここは私たちの街だ!
「お前なんかに壊されて、たまるか!」
石を投げる。それは竜に届きさえしない。空しく宙を舞うのみだ。
だが、投げた石を目で追ううちに、彼女は気づいた。
炎渦巻く空に、投げられた石が一つでないことを。
「畜生!」「この野郎!」「俺の家を!!」
怒号も、一つではない。至る所から、あらゆる住民が石を投げていた。
怒りの波濤。誰もが拳を突き上げる。不揃いなシュプレヒコールが二頭の竜へと押し寄せた。
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市民は石を投げる。たとえ届かずとも、固い鱗に阻まれようとも、執拗に投げ続けた。崩れ落ちた瓦礫さえ武器として、決死の反抗を試みる。
暴竜の尾が苛立ったようにそれを打ち払う。と、今度は逆方向から怒涛が押し寄せる。市民兵の群れだ! 一度散り散りとなった民兵が再び槍をとり、突貫したのだ。
「オオーーッ!!」
鬨の声が上がった。
彼らを立ち直らせたのは民衆の突き上げた拳か。歯を食いしばり続けた指導者の姿か。それとも彼ら自身の怒りか。
もはや大通りは瓦礫の山と化していた。壁も道も消え失せた街で、人々は二匹の竜を取り囲んでいた。
竜族が竜に立ち向かう。血を流しながら。
これは抑圧への反抗、力への反抗、神の名の元に振るわれた暴力への反抗である。これこそが竜族の意志。竜族の戦い。
ナドラガンドの決戦。
その中心でトビアスは杖を突き立てた。誇り高く!
「行くぞ!」
私は魔法戦士団に号令をかけた。まだ戦える魔法戦士が立ち上がり、一斉に技を放つ。フォースブレイク!
交差した魔法戦士達の腕から理力渦巻く光弾が放たれ、二頭の竜を万色の閃光が襲った。目も眩むような光と共に混沌の理力が竜の魔力をおし包み、守りの力を狂わしめる。おどろおどろしい叫びが竜の口から洩れた。
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「今だ!!」
再びの号令! 民兵が雄たけびを上げた。彼らの武器にファイアフォースの力が宿る。民衆の怒りのそのまま乗り移ったかのように、剣に、槍に、炎が煌めいた。無数に投げられた石のひとつひとつにも情念の炎が宿る。
「グオォォ……!!」
さしもの竜がうめき声をあげた。理力を狂わされ、無防備となった竜の鱗を四方から槍が貫く。八方から剣が切り裂く。一度ならず、二度、三度と、渾身の力を込めて民衆は突き立てた。怒りの刃を。
形勢は逆転しつつあった。