【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
第八話「邪悪なるもの」前編
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戦いは終わった。
戦火の余熱も未だ冷め切らぬエジャルナの上空に、北西からの強い風が吹く。
フェザリアス火山より届いた火山灰が、雪のように白く降り注いでいた。
人々は疲れた体を瓦礫の上に広げ、勝利の余韻に浸っている。ある者は雄たけびを上げ、またある者は呆けたように虚脱した表情で空を見上げた。白いものが舞い降りる空を。
一つの時代が終わったことを、誰もが肌で感じていたに違いない。
一方、私は身体を休める時間も惜しんで、半ば廃墟となった聖都の探索を行っていた。
白ローブに正体を隠していた悪魔はほぼ全てが討ち取られ、やむなく彼らに従っていた残りの白ローブも投降した。原理主義派は壊滅したと言っていいだろう。
だが、首謀者であるロマニとドマノの死体は発見されていない。
炎の中で朽ち果てたに違いない、と人は言う。だが万が一、生き延びていたとしたら?
戦いの高揚が潮が引くように去っていくと、後には冷めた頭だけが残った。
思えば、上手く行き過ぎた。
ロマニとドマノの恐怖政治と抑圧された民衆の爆発。そして彼らを主役に見立て、自らは盾役に徹したトビアスの判断。全てが良い方向に転がった。
分裂の危機にあった教団もこれで一つにまとまり、立ち上がった民衆は、一人一人が自らの足で歩むことを高らかに宣言した。エステラの訴えた改革は、ここにようやく成ったのである。
民衆の被害もゼロとはいかなかったが、最小限にとどめられたらしい。
全てが順調である。
いつからか、私にはこんな時、不安になる癖がついてしまった。
いかに民衆が怒りに燃えていたとはいえ、支援の呪文に長けた魔法戦士団が全面的にバックアップしたとはいえ、あの"邪悪なる意志"の残党が、一夜にして滅び去るものだろうか。
そもそも何故、ロマニ達は悪魔達を直接使役し、街をうろつかせるような危険な橋を渡ったのか。正体がばれれば、民衆の支持を失うことは確実だというのに。
それほどまでに戦力に窮していた。ただそれだけの理由なのか?
もし、これが敵の思惑通りだったなら。全てが敵の御膳立てだとしたら……。
その不安が私に夜を通した捜索を行わせていた。
悪い癖だと笑って終わるなら、それが一番いい。
だが、幸か不幸か、私の予感は間違ってはいなかった。
エジャルナの空に、未だ炎は渦巻く。
そして降り注ぐ白い灰が新雪のように石畳を覆い始めた頃、私は答えに辿り着くことになる。