【注:ver3.5後期のストーリーネタバレを含みます】
最終話「夜明けまでは何マイル?」後編
宴はそのままアストルティアとの交流会になるかと思われたが、器の面々は通り一遍の挨拶をすますと早々に退出してしまった。
正直なところ、少々拍子抜けである。
疲労のせいもあるだろうが……やはりまだ、竜族との間には壁があることを思わせる一幕だった。
竜族たちもどこかほっとしたような表情で同族同士の宴を続けている。比べるものでもないが、いつかグランゼドーラの王城で開かれた宴に比べるとこじんまりとしたものに思えた。
この壁を取り払うことが、竜族にとって真の夜明けとなる。と、エステラ嬢は静かに言った。茶を口に注ぐその表情は、いつもの生真面目な神官殿のものだった。
七種族そろって同胞と呼べる関係を築くため、まずは自分と身近なものだけでも、アストルティアに移住する計画を立てているらしいのだ。ムストの副団長がそれを支援する。
どうやら彼女にはまだまだ忙しい日々が続きそうである。
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トビアスは先の戦いでの功労が認められたのだろう、満場一致で新組織の正式なリーダーとして竜族を率いることとなった。
もっとも、本人はあくまでエステラが戻るまでの一時的な役割と言い張っていた。相変らず、自分は人の上に立つ器ではないと首を振る。
彼は彼でまた、苦労が続きそうである。
「あの人にはお笑い芸人の方が向いてると思うんですけどね」
と、教団兵……協団兵の三人組が声をかけてきた。トビアス直属だった者達で、名前は……ネイチャーとかいったか?
「身体を張った芸風とか、いかにも芸人向きじゃないですか?」
私はその言い草にムッとしたが、すぐにシニカルな笑みを浮かべて肩をすくめてやった。
「なるほど、スタンシアラ伝承になぞらえたなら、なかなか知的なコメントだ」
三人組はきょとんとした表情で顔を見合わせるのだった。
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街の復興も半ば、新組織も立ち上がったばかり。まだまだ竜族の戦いは終わったとは言えない。
虚空の彼方へと消えたナドラガ神は、そのまま邪神として忘れ去られるのか。それとも竜族の神として変わらぬ祈りの対象となるのか。
神にすがることをやめたとはいえ、人々の中に根付いた信仰と文化は簡単に覆るものではない。現に今日も、敬礼をかわす竜族たちの仕草は、ナドラガ式の礼なのだ。
エステラ嬢によれば、ナドラガ神にも一かけらの善心は存在したのだという。
「神様が願いを叶えてくれなくてもいいけど、お祈りぐらいはできた方がいいよね」
とは僧侶リルリラの台詞である。
宴の席は一般大衆にも解放され、大聖堂は多彩な顔触れに溢れていた。笑う顔、泣く顔、俯く顔、怒る顔……
先の動乱で、人々はお互いの醜さを嫌というほど知った。それはこれからの生活に少なからぬ影響を与えるだろう。
だが、知ったのは醜さだけではない。
民衆の心は、美も醜もない交ぜとなった混沌の渦。
そこから何が生まれるのか、まだ誰も知らない。
だが、これだけは言える。
最も古き種族である竜族は今、古い楔を解き放った。彼らの瞳は溌剌とした若いエネルギーに溢れている。
彼らには未来がある。
その未来が、我々の未来と交わっていることを、ただ祈るだけである。
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八王会議における王族誘拐に端を発した我々の旅は、ここに一旦、幕を閉じる。
いつか本来の姿を取り戻したナドラガンドを再び訪れることを夢見て、ひとまず筆をおくことにしよう。