肌を刺す冷たい風が石畳を通り抜ける。道行く人々は足早に家路を急ぐ。秋から冬へ。霞がかった空に浮かぶ太陽は遠く、公園の噴水が古い季節の名残である枯葉を押し流していく。
一つの時代が終わり、新しい時代がやってくる。そんな予感を誰もが感じているグランゼドーラの一角にて……
……私は一足早く、冬の寒さを体験していた。
公園の片隅、木枯らしにも負けずキャンバスに向き合う幻想画家の姿がある。彼が描くのは、美しくも禍々しい氷の魔人だった。
冷たく輝く氷の甲冑。無機質な鉱物の瞳が獲物を狙う。
その名は氷魔フィルグレア。
温厚で知られる花の神ピナヘトが、何故か生み出してしまった狂気の殺戮兵器である。
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ナドラガンドの戦いでは、一人旅を好む多くの冒険者たちがこの魔人に絶望を味わわされた。私もまたその一人である。運よく勝利を手にしたものの、もう一度やれと言われてできる自信はなかった。
だが、今の私はあの頃から大きく成長している。今ならば、この魔人すら恐るるに足らないのではないか。
ほのかな期待と共に、私はルネデリコのバトルルネッサンス……幻想画家による戦いの再創造へと挑戦した。彼の描く絵の中で、私はかつての戦いを追体験するのである。ご丁寧に、かつて共に挑んだエステラ殿の姿さえ再創造されている。
例によって例の如く魔法戦士として、酒場の冒険者と共に挑む。制限時間無し、道具は禁止のルールである。
まずは様子見と軽く太刀を交え……
……私は思い出すことになる。あの日の絶望を。
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我々と同じく、彼の魔人もまた力を増していた。まるで誰かが、我々の記憶を読み取り、当時の戦いを再現しているかのように。
ダイヤモンドダストの異名で呼ばれる氷の息吹、絶大な魔力より放たれる極大凍結呪文、そしてその巨腕より無造作に繰り出される非情の殴打。
まともに喰らえば全ての攻撃が致命的な結果を招く上に、毒、混乱、幻惑といった搦め手までも使いこなす。あまつさえ、こちらの補助魔法は凍てつく波動でかき消される。
だが、これらは彼にとってまだ余技に過ぎない。
追い詰められた時に繰り出す奥の手、ミラーリング。あの分身殺法も当然ながら健在なのである。
恐怖の記憶がよみがえる。
道具を使えない分、戦況はむしろ悪化しているとすら思えた。
ともかく、まずは搦め手を何とかしなければならない。最低でも混乱、武器で戦うなら幻惑も必須となる。
可能ならば毒の対策もしたうえで転倒予防、ブレス、呪文対策、それに氷の力を抑える装備。……当然、全てを網羅した冒険者が偶然、酒場に登録されていることはあり得ない。
ここは相棒の力を借りることにする。
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私の相棒、僧侶のリルリラは冒険者として一流とは言えないが、自由に装備を整えられるという一点において他の冒険者に勝っている。
私とリルリラが耐性を万全にした上で、できるだけ耐性の揃った冒険者を雇う。アイスタルトも忘れてはならない。まずはこれがスタートラインである。
挑戦。再戦。連戦。
そして……
連敗。
「そういえばこの間ここに来た冒険者も言っていたよ。氷魔に比べれば竜神など赤子の手をひねるようなもの、と」
ルネデリコが髭を扱く。竜神ナドラガは荒ぶる神だったと聞くが、それでもピナヘトよりは大人しいに違いない。
今の私の心境を一枚の絵にするなら、こんな感じだろうか。
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私もそれなりに工夫はした。
いつものように戦士を雇う。僧侶をあえて増やす。かつて試練を突破した時のようにドラキーのラッキィと魔法使いを雇って挑んでみる……
エステラ殿が召喚したクリスタルを守るような動きも試してみたが、魔法戦士の私では守りようがない。
闇縛りのシェイドで幻惑の技を試すこともやってみた。確かに幻惑は効いた。が、その分攻め手が一枚減り、長期戦となってしまう。氷魔のミラーリングを前に長期戦を挑んでも勝ち目は無かった。
難敵である。
だが、思えばナドラガンドの旅で最も苦しんだのがこの氷魔との戦いだった。一種のトラウマと言っても良い。
そのトラウマを打ち破ってこそ、一つの時代の締めくくりにふさわしい。
そのためには……
……もはや奇策に出るしかない。
私は長年温めてきた、あるアイディアを実行に移すことにした。