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遠く、北門の向こうに巨大な機兵の影が映る。迫りくる敵に備え、戦士達はそれぞれに武器を構えた。じきに、戦いが始まるだろう。
ごくりとつばを飲み込む。
魔法戦士の私は定石通りなら支援役ということになる。とりあえずバイキルトの呪文に集中し始めたが……武闘家が扇をサッと前に突き出してそれを制した。
カンフーシューズが地を蹴ると、しなやかな肉体が優美な曲線を描く。炎渦巻く戦場に、舞をひとさし。一陣の風が通り過ぎると、戦士達の身体の膂力と魔力がみなぎっていった。
見る者の士気を上げ力を高める風切りの舞。扇使いの得意技だ。
武闘家が扇を持つなど、珍しいこともあったものだと思っていたが……舞い終えた武闘家が静かに笑う。どうやら、この戦場では常套手段らしい。
私はあわてて詠唱を中断した。今更バイキルトは不要だ。頭を切り替え、理力を集中しなおす。紫炎というくらいだからファイアフォースは控えておいた方がいいか……? ひとまず連携しやすいストームフォースを使うことにした。これが正解かどうか、後のお楽しみだ。
程なくして、「敵襲!」の声。私はまずここで度肝を抜かれた。
てっきり北から順に攻め入って来るものと思っていたのだが、敵は橋の南側に忽然と現れたのだ。
転移呪文は敵にとってもお手の物……か?
慌てて剣を振り被り、敵に立ち向かう。現れたのは、黒鉄の釣鐘を思わせる奇怪な魔物だった。
「その鐘に注意しろ!」
通信が飛ぶ。
「奴は仲間を呼び寄せる。見かけたら最優先で排除しろ!」
だが熟練の兵士たちにとってそれは不要な助言だったらしい。通信が終わるころ、魔鐘は粉々に砕かれた後だった。
続いて機械の兵士たちが出現する。兵士達はそれぞれに迎え撃つ。
私も剣で応戦したが、多数の敵に対して、剣では少々相性が悪いか? ギガスラッシュ、ギガブレイク。閃光が戦場を走るも威力は物足りない。
一方、周囲を見渡せば、熟練兵達は強大な魔法で、あるいは大剣で次々に敵を薙ぎ払っていた。戦士達は士気も高く、戦えば戦うほどに、その力は増していくようだった。
……いや、気のせいではない。敵を一体倒すごとの意、目に見えるほど強烈な闘気が彼らの肉体を包んでいくのが分かった。
あれは確か、ドラゴンビート。一部の特殊な装飾具に秘められた魔技である。誰かが敵を倒すごとに己の力を高める。成程。この戦場では最も有効な装備品と言えるだろう。
私も一つ持っていたが……臍を噛む。倉庫の中だ!
どうやら早くも一つ、ミスを犯したぞ……。歯噛みしつつも敵を倒す。後悔は後だ。今は目の前の敵と戦うのみ。ひたすらに剣を振る。
そして湧き出た機械兵の大半がダストン氏の好物に変わった頃……戦場中央にひときわ異彩を放つ脚無しの機兵が降臨していた。
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巨大なハンマーと物々しいサーベルを構え、機敏な動きで敵を狙う浮遊兵器。見るからに油断ならぬ相手だ。
「特攻機兵! 中隊長クラスだ。気を付けろ!」
通信機が叫ぶ。
すかさず私は両の腕に理力を集中させた。
雑魚の群れの中にも何体か、手強いのが混ざっていると噂には聞いていた。私なりに考えて、切り札は温存しておいたのだ。
両腕から吐き出された理力の渦が敵の装甲を穿つ。フォースブレイク! 敵の抵抗力を弱める魔法戦士の奥の手である。特攻機兵がよろめいた。
続いてストームフォースを纏った戦士達が斬りかかる。魔法使いの火球が、賢者の放つ闇の渦が畳みかける。
私自身も剣を振るいつつクロックチャージの技法で彼らの回転力を高める。この展開はいつも通り。そう、普段と何も変わらない戦法だ。
やがて特攻機兵はあっけなく地に落ちる。周囲の雑魚もあらかた片付いたらしい。これにてひと段落か。
と、息をつく間もなく……
「橋の北に敵機出現。対応せよ!」
通信機が号令を下す。兵士たちは駆け足で吊り橋を踏み荒し、光の河を渡っていった。
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8人の足音が吊り橋を揺らす。もはや肉眼ではっきりと確認できる巨大な機兵が、その先で彼らを待ち受ける。
真下からの光が戦士たちの影を躍らせた。一歩、また一歩と近づく巨影に怯むことなく、敢然と立ち向かう。
その姿はまるで、巨悪に挑む8人の導かれしものたちのようではないか。
光と共に、英雄的な気分と高揚感が私の身体を包み込んだ。
巨機兵がぐるりとモノアイをめぐらせ、大地を睥睨する。
戦いはまだ、序盤戦を終えたばかりだった。