巨大な鉄塊が大地を踏み荒す。滅機将はついに橋を渡りきった。守るべき門はもう、目と鼻の先だ。
振り上げた大鉈のような剣が威圧的な光を放つ。身構えた私は、手にした剣があまりに細くか弱いものに見えて一瞬、萎縮した。守り切れるだろうか?
こんなことなら、渡り切る前にあの橋を落としておくべきだったか……

「禁止事項だ」
私のぼやきを通信機の向こうの指揮官が戒めた。
「防衛軍の任務は集落を守ることにある。自ら集落を破壊してどうする」
ここは交通の要。あの橋あればこその獅子門。南北に分断され通行不能となった集落は滅んだも同然だ。
……理屈はわかるが……。
「第一……」
指揮官は冷静に言い放つ。
「……光の河に落ちた者がどうなるか、噂には聞いているだろう」
……ヒトを超えしモノ。
遥か昔のこと。河に落ちた一人の魔族が、そこで力を得て魔王となったという。
またごく最近、同じく河に飛び込んだ冒険者がそこで試練を受け、更なる進化を果たしたいう。
あの滅機将が更に強化でもされようものなら……私は思わず身震いした。
「愚痴は後で聞く! 今は戦え!」
号令の元、再び兵士たちは一丸となって巨機兵へと向かっていった。
戦場に到達したのは総大将だけではない。後続の機兵も押し寄せる。魔法使いが凍結呪文を詠唱し、まとめて氷塊に変える。が、それを踏み砕き、冷徹なる鉄機兵団は進軍を続ける。
物量攻勢か! 手間取る兵士たちに機将の巨剣が振り下ろされた。戦士は辛うじてそれを受け止めつつ、己の身長ほどもある脚部に大剣を叩きつける。鈍い音が響いた。
術師たちは距離を取りつつ、巨機兵を見上げて集中砲火を浴びせる。爆炎の中で、冷徹な単眼はみじんも怯まず、次の獲物を探す。
私は再びフォースブレイクを放ち、その攻撃を支援するが……
腕に込めた理力に若干の揺らぎがある。鉄の装甲が振動するも、効果は万全とは言えなかった。迷いのせいだ。
こうしている間にも多数の機兵が押し寄せている。果たして今、この大物を相手にすることは正解なのか?
迷いを生じさせるほど、滅機兵の巨躯はゆるぎなく強大だった。簡単に落とせる代物ではない。
そして防衛の成功条件は一定時間の間、門を守り抜くことだ。
ならば大物は放置して他の敵を優先すべきではないのか。ここで大物に攻撃を集中することに意味はあるのか……
迷いが剣先を乱す。一方、熟練の兵士たちは黙々と敵将を狙い続ける。訳も分からぬまま、私は剣を振るった。その行き着く先がどこなのかもわからぬままに。
戦士の剣が唸る。武闘家の棍が叩きつけられる。魔法使いの火球が滅機将の装甲を加熱し、ハンマーを手にしたバトルマスターが鍛冶屋のようにその鉄を打つ。滅機将の装甲が僅かに歪んだ。
だが装甲とは鎧。その内にある機械の歯車はいささかの乱れも無く動作を継続していた。矢の雨が降り、空間を切り取るが如く巨剣が弧を描く。猛攻!
と、その時。
緊迫した戦場に、ヒュウ……甲高い音が響いた。
兵士たちが一斉に退避する。続いて、爆音。重いものが地面に叩きつけられ、大地は土砂をまき散らす。その中心で、巨機兵は大きくのけぞっていた。
振りかえれば、同盟軍のパラディンが設置された大砲に弾を込める姿が見えた。点火!点火!点火!!
続けざまに砲撃が放たれる。風斬り音、そして爆音。土砂が舞う。狙い過たず全段命中!さしもの巨機兵が装甲をひしゃげさせ、巨体をふらつかせた。
その機を逃さず、兵士たちが総攻撃を仕掛ける。
武器が鉄を撃ち、魔法の火球が、爆光が鋼を焦がす。機械の腕がピクピクと震え、何らかの限界に達しようとしていた。
BEEEEEEP!!! 機械的な警告音が響き、続けてプシュウ! 排熱の煙が上がる。周囲に熱気が立ち込める。モノアイから光が失せ、敵将は膝をついた。歓声! 今度こそ、やったか!?
だが一瞬の沈黙の後、巨機兵の身体の中で猛烈な回転音が鳴り始めた。
「敵将、健在。油断はするなよ!」
どうやら機兵の頭脳がダメージを察知し、一時的な休眠に入っただけのようだ。システムの再起動か。
とはいえ、これで時間は稼げる。兵士たちは頷き合うと、それぞれに戦いを継続した。次なるシステムダウンに向けて敵将に畳みかけるもの、他の敵を追いかけるもの。
これが防衛軍の戦いか! 私はようやく、大物に攻撃を仕掛ける意味を理解した。
戦いは中盤戦から終盤戦へと向かう。
決戦の時が迫っていた。